それは10代初め。中学生の頃の出来事です。
母は25歳のときの子供なので当時40前後、ちょっと大柄でしたが
近所では美人で人気者でした。
その頃の私は展覧会に入選するなど絵を描くのが好きな少年でした。
母はそういう息子を喜んでくれて、絵を習わせてくれたり
画材を買い与えてくれました。
ただ、私はご多分に漏れず思春期を迎えていました。
小学校の高学年には頻繁に夢精で下着を汚すことが多くなり
必ず母のエロティックな夢の中で射精していました。
その頃かっら母親と目が合わせられなくなり、
お風呂も一緒に入らなくなってしまいました。
ちょっとした反抗期のはじまりでした。
それでも母親の協力があって絵を描くことは続きました。、
夢中になって描くと絵具が床を汚し、
「新聞紙を敷けばいいでしょう!」と怒りつつも、
母親が床を毎日拭きにきてくれました。その時の母の姿がひどく
刺激的で若い性を興奮させました。
ピッタリしたパンツでお尻をこちらに突きつけ、雑巾で拭くたびに
左右に振られる大きな桃のようなお尻はとても魅力的で私の性欲を唆りました。
息が荒くなるのを抑え、つばを飲にながら見入り固くなった陰茎を
さすっていましたが、そのうちこの短い時間でその母の姿をスケッチに
収めるようになり、数回で絵を完成させました。
またそれを元に完全に脱いだ母を描いたり、角度を変え顔を付け加えたり
夢精で見た母を描いたスケッチブックができました。
見つからないように棚の奥にしまって置きました。
ある真夏の休日、いつものように部屋に入ってきましたが無口で無表情
いつもと違う様子でした。
ちょっと汗で滲んだTシャツに割れ目が見えるほどの薄いショートパンツで
透けているようなお尻がこちらに向けられました。もう見入るながっらパンツの中の
既に勃起したペニスを擦らずににはいられなくなりました。
息も荒くなってしまい、マスターベーションの激しく動く手のズボンとの
摩擦音も大きくなってしまいました。間違いなく母には聞こえていたはずです。
母はいつもと違い、床を拭いたあと動かずいつもより長くお尻をこちらに突き出したまま
ため息をついて言いました。
「ねぇ、ずっと見てるでしょ?お尻触りたいんでしょ?」
「え、、、」
返答に困っていると
「触りたいんでしょ?」
ズボンの中の手を抜きながら
「・・・うん」と答えると母は「いいよ、、」と言いました。
ドキドキしながら顔を母のお尻に埋め、ズボンを脱ぎ、息を荒げながら
陰茎を手で扱き激しく射精しました。
翌日学校から帰り部屋に戻ると、隠してあったはずの母のエロティクな絵を
描いたスケッチブックが机の上に置いてありました。そして母のメモが挟んでありました。
<捨ててください 母より>