>>25、
君の読解力に尋ねるが
「親父には何度も殴られましたが…」と過去形で書かれているが、「この時に…」等とは何処にも書いていないぞ。
もし仮にこの時に親父に殴られたとしたら、並列で書かれている「逆に母には怒られた記憶がありません。」という文章に違和感を感じないか?「親父には殴られたけど、それまでに俺に怒った事が無い母はこの時も怒ることが無かった。」と書くはずだろう!
いずれにせよ、皆で表現に誤りがないことを教えてあげ、喩え表現が稚拙だとしても、スレ主さん自身が「ド素人が書いたから」と謝っているのに、これ以上何を問題にしたいの?自分のバカ差加減を露呈するだけだからやめた方がいいよ。
セックスを覚えたばかりの私は、まだまだ未熟でした。『マンコにチンポを入れ、擦り付けては射精をする。』、余裕もなく、それが全てだったのです。
そんな私が次に覚えたのは、『女をイカせる喜び、面白さ。』でした。
母を見つけては手を出して、母をイカせ始めたのです。汲み取り式のトイレ以外は、家中全ての部屋で行いました。今考えると、母も大変だったと思います。
一番は寝室ですが、次に多かったのは台所。やはり、母がよくいる場所ですから。後片付けをしている母を襲うのです。
『ちょっとぉ~!やめてよぉ~!』と最初こそ言いますが、パンティーの中に手を入れればもうこっちのものです。
母はその場で腰を落としてしまい、両手で私の腕を掴みます。私の手を股間から外そうとするわけではありません。私の腕を掴み、自分の支えにするためです。
まだしっかりと濡れていないオマンコに指を入れると、『ちょっと痛いわぁ…。』と注意をされます。しかし、そんなのは短時間のこと。
オマンコが淫液を分泌し始めると、私の腕を掴む母の手にも力が入り始めます。腕をガッシリと握ったまま、目を閉じて耐え始めるのです。
正座姿の母は、膝を閉じて私の手を締め付けようとします。それでも指のスピードを上げると、『ウゥ~、ウゥ~、』と言って、膝に力など入らなくなります。
気付けば、母の顔から汗が噴き出していました。『やめて、もうやめて、』と口では言います。しかし、私がやめないのを分かってて、あえてそう言うのです。
『息子に無理矢理されている。』ということが、自分を興奮させることを、母は自分で分かっているのです。
母の汗は額から首へ、そして胸の中にまで流れ込んでいきます。隣を通る道と接している台所で声のあげられない母は、余計に汗を流してしまうのでした。
フィニッシュに近付くと母の目が大きく開き、私の顔を見ます。その目は『やめて!やめて!』と私に訴え、身体にもブルブルと震えがきています。
私の腕にしがみつき、口が開いたかと思うと母は腰を数回持ち上がるのです。『…ァ~、…ァ~…、』と言うと、それを最後にグッタリとしてしまいます。
普通に『アァ~、アァ~、』とは喘がずに、我慢をして語尾だけを発っしてカモフラージュする、母のテクニックでした。人に聞かれるのも最小限でしょう。
下着を濡らしてしまった母は、履き替えるために部屋に向かいます。一度イクと、やはり足取りも重くなります。
母はタンスで新しい下着を探していました。振り向いた顔が恐怖に変り、『もうだめよ!もう出きんわぁ~!』と私に向かって言います。
母の両手が本当に嫌がっており、私を何度も叩きました。『やめてよ!お母さん、アソコもう痛いの~!』と言われますが、お構い無しです。
『また気持ちよくなる。(母は)何回でもヤリたいはず。』、ほんと私はそんな考えでした。
オマンコの表面は渇き始めていました。しかし、中はまだ潤っており、指を入れるとちゃんとまた濡れ始めます。
『やめてよ!こんなの全然気持ちよくないの!』と怒られますが、あの頃の私には分かりません。私の背中を叩く母の手も、本気の力が入っていました。
母が私の相手を始めたことで、アケさんという婆さんに会いに行く機会も減りました。そういう意味では、母の作戦は成功でした。母もそのことは実感をしていて、やり方が正当ではないとわかっていながら、ある程度の割りきりをしていました。しかし、少し読み違いもしていました。母はよく、日曜日に船で本土に渡りました。買い出しのためです。私も誘われたことがありますが、『めんどくさい。』と断ると、以後誘われなくなります。母のいない日曜日。寂しいかと言われたら、そうでもない。逆に楽しみでもありました。思う存分、アケさんを犯すことが出来るからでした。『朝10時10分。』、今も変わってなければ、この時間に本土に向けて船が出ます。母もこの船で渡り、16時20分の船で帰ってきます。私は部屋で寝ながら母を送り出し、船が出航する頃には、アケさんの家の近くでそれを見守るのです。船を見送ると、私はすぐに婆さんの家に入ります。呼んで出てこないと、そのまま玄関のカギを掛けてから上がり込むのです。突然家に人が上がり込んでいるので、婆さんも少し驚きの表情を見せます。しかし私だと分かると、諦めにも似た表情に変わるのです。どの部屋も畳の敷かれたこの家。その中でも奥の奥にある、仏壇の置かれた部屋で私と婆さんとの行為は行われていました。婆シャツに股引、まるっきりの婆さん。それでも飽きなかったのは、ヤル回数が減ったことと、母とは違う崩れきった女の身体の良さもあったのでしょう。そして、母が相手では出来ない変態的な行動も、アケさん相手には出来たのです。心のどこかで『どうせ、婆さんだから。』とそんな思いもあったのでしょう。仏壇の部屋に連れ込んだアケさんは、ほんと私のオモチャでした。婆さんを抱えあげると、そのまま仏壇の部屋に向かいます。自分の足が宙に浮いているため、婆さんも無理には暴れようとはしません。仏壇の部屋の真ん中にアケさんを下ろします。私にゆっくりと下ろされても、そのまま立つことより、膝をついて座り込むことを選択をします。一歩だけ逃げようとしますが、すぐに私に後ろから抱き締められるともう身動きがとれません。婆さんは、私の身体に手を掛けて来ます。しかし、小さく細いアケさんです。身体に手を回して両腕ごと抱き締めてあげると、もう何も出来ません。そこから、婆さんの顔中を舐め回すのです。口だけではありません、おでこ、頬、目、鼻、耳、首筋、全部です。さすがに母にこれをやる勇気はありません。相手が婆さんだから出来たのです。凄まじい舐め方だったと思います。アケさんも目を閉じてこらえ、あまりの変態さに笑ってしまい、口元が緩むこともありました。婆さんの顔が私の唾液でベトベトになると、私も満足をして次に取り掛かるのです。子供心に、無理矢理に女性の服を脱がせることに興奮を覚えていました。それは相手が婆さんだろうと変わりはありません。婆シャツに股引ですから、簡単に脱がせることが出来ましたが、それでも力づくで押し下げます。垂れ下がった乳房にはあまり興味は向きません。それよりも婆さんのシワだらけの背中と、弛んだお尻の方に興奮を覚えました。うつ伏せにして、後ろから両腕を押さえつけて、背中を舐め回すのです。飛び出た背骨、シワだらけの背中、汚れていようがお構い無しでした。肉の落ちきったシワだらけのお尻をしていました。元気のない肉を左右に広げると、アナルと薄毛のオマンコが現れました。どちらも私の好物でした。次第に婆さんの両足を左右に開いて行きます。婆さんと言っても、まだ女です。男を迎え入れるだけの足は開くようでした。『ここでチンポを挿入するか?』と言われれば、しません。私なりの楽しみがありました。私も服を脱ぎ、再び婆さんを座らせて後ろから抱き締めるのです。婆さんを掴まえ、また顔や胸や背中を舐め回すのです。婆さんの温もり、肌と肌の触れあい、それだけでチンポは大きく勃起をするのです。抱き締めた婆さんを舐め回わしながら、勃起したチンポを差すように婆さんの身体に何度も押し付けます。我慢汁が、ベタベタと婆さんに付いていきました。結局、婆さんは最後までフェラチオをやってくれせんでした。何度も挑戦を試みたのですが、その度に『ウッッ!』と吐き出されました。やりたくないのか、もしかしたらフェラチオ自体知らなかったのではないかとも今では思います。挿入は主にバックからでした。辛いのか、腰を横に倒して、後は私にお任せとばかりに動かないこともありました。それでも、婆さんを犯すには充分です。身体のシワを掴んで腰を振り、横たわる老婆を見ながら『婆さん、壊れてしまえ!』と思ったこともあります。これは母の時も同じです。細くか弱い女性としていると、今でもこの性癖は変わりません。... 省略されました。
母と一緒にお風呂に入った時の事。
私の家のお風呂は、とても狭くて完全一人風呂。まあ、その頃『女性とお風呂に入る。』などという考え方自体が無かったので、気にもしていませんでした。
珍しく母と本土に渡った私は、タクシーで車を走らせ、買い出しのためスーパーに向かっていました。買い物も終わり、港に戻ったのはまだお昼過ぎ。
待合室で時間を潰し、一便早い14時過ぎの定期便を待つことにします。そこで、母にこう告げたのです。『あれ見えたの、ラブホテルなん?』。
タクシーの中で見えたの光景でした。小さい頃から何度か見たホテルでしたが、16~17歳にもなるとそれがナンなのかは分かります。
母は口を濁しながらも、あれがラブホテルだと認めます。『行ってみたいなぁ。』と告げるど、『時間がないから。』と適当な理由をつけて断りました。
それでも私の押しに屈してしまい、人生で初めてのラブホテルとなったのです。
しかし、課題はありました。私たちは徒歩なのです。タクシーを再び呼び、ホテルの近くで降ろしてもらいます。そこからが大変です。
日曜日のお昼です。田舎町と言っても、人通りはあります。なかなか、ホテルに入るタイミングがありません。しかし最後は、『母、強し。』でした。
『もういい!もう入ろ!』と覚悟を決め、人混みがある中、ラブホののれんを構わずくぐったのです。
母は適当に部屋を選び、フロントからカギを受け取りました。50歳過ぎの母と言っても島育ちです。ラブホの経験はとても少なく、どこか馴れない感じでした。
部屋に向かうと、ちょうど出てきたカップルとすれ違います。女性のクスクスといった笑い声が聞こえました。やはり、52歳と16歳のカップルなのです。
『時間、あまりないから。』といい、母がお風呂を入れ始めました。僕も後ろから覗き、こんな大きなお風呂は修学旅行くらいでしか見たことがありません。
母は待ち時間に、垂らしている長い黒髪をゴムで後ろに束ねました。これだけでも、普段の知っている母ではもうありません。
再びお風呂を覗き込むと、『入った。』と母から合図が掛かります。おかしなものでした。私は、母と一緒にお風呂に入ることに抵抗を感じたのです。
風呂場に入りました。大きなお風呂場、初めての洋風呂、綺麗に並べられたシャンプーやリンス。何もかも新鮮でした。
母を見ました。シャワーで身体を流した母の身体はとても色っぽく見えます。母の胸はCカップ。しかし、身体が細いので、それよりも一回り大きく感じます。
馴れない洋風呂に浸かり、母もそれを見透かして、私に座り方や浸かり方を『これ、こう据わるのかなぁ。』とさりげなく教えてくれました。
私も『そうじゃない?』などと答え、それに従うのでした。この時は、完全に母の子供でしたね。ほんと子供のように、身体を洗われました。
ベットに向かうと母の顔が変わりました。家に帰ってから私に抱かれることは想定していたかも知れませんが、突然のラブホは想定外たったと思います。
母にも『今から、ここで男に抱かれる。』、という心の集中を始める必要があったようです。
真っ白なバスローブ、そして後ろに束ねた真っ黒な髪。普段の知っている母ではありません。別人に思えました。
母はエロビデオ(当時はそう呼んでいました。)を消しました。馴れないエロビデオに私が戸惑っていましたから。
母も同じでした。Hなビデオを観ている自分の姿など、息子には見せたくないはずです。『こっちがいいわ。』と変わりにつけたのは、流れるBGMでした。
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【プロフ動画】Xにツイートした動画からの抜粋(*^-^*) #ハメ撮り
#ぽっちゃり... ID:mitsukodeluxe
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