バカ往復(復路)
僕は家が留守になった理由が解らず、誰も出ない玄関でちょっと粘ってみました。でも、やっぱり誰も出てきませんでした。
「あっ、そうだ。姉に電話してみてくれませんか?」
僕は『あいこ』に携帯で電話してもらおうと思いました。でも『あいこ』に素気なく断られました。
「携帯、持ってね~よ。」
「えっ!? 落としたんですか?」
「家、出る時から持ってね~よ! パパに取り上げられてから、取り返すの忘れてたんだよ。」
「あっ、ああ~ぁ…」
僕は『そう言われれば、そうだ』と気がつきました。何だか『あいこ』が身軽だなと思ったら、まるっきり手ぶらでした。
とりあえずコンビニまで行って、公衆電話を使うコトにしました。家に掛けました。虚しく呼び出し音が鳴り続けました。
バカ姉の携帯に掛けました。つながらないコトを知らせるアナウンスが流れました。母の携帯にも掛けてみました。こっちからもアナウンスが流れました。父の携帯も同じでした。
『…何だ、こりゃ?』
「つながんないの?」
「はい…。」
「『病院』か『映画』じゃね?」
「はあ…、えっ、何で?」
「あたしに聞くなよ。分かるワケないじゃん。」
『あいこ』はコンビニに来た習性で、またウンコ座りを始めました。そして、僕には分からない禁断症状が出始めて、イラツキ始めました。
「あ~っ、タバ〇吸いてぇ~っ!」
『あいこ』がイライラしていると、迷惑なほど賑やかなカーステを『ドゥンズ!、ドゥンズ!』鳴らして走る車が、目の前を通ったかと思ったら、急に『キュキャキャ~~~ッ』と曲がって駐車場に入って来ました。
駐車スペース3台分を占領してワザと斜めに停めた車から、チャラさ全開の男ふたりが降りて来ました。僕をガン無視して、ふたりは『あいこ』のところに踊りながら近づいてきました。
「ヒマしてますか~?」
と、御陽気に接近して行きましたが、お店からの逆光で『イイ感じ』に見えていた『らしい』女の正体が確認出来たらしく、ピタッとフリーズしました。
「物凄~く、ヒマしてま~す。」
と、何の苦労もせずに『獲物』が飛び込んで来てくれた嬉しさに、『猛獣』が猫撫で声で答えました。ふたりは無言でフリーズしたままでした。
「ヤッベ~~~っ!」
物凄い音量でカーステが鳴り響いてるのに、チャラ男が小声で呟いた『ヤッベ~』が、ハッキリ僕の耳にも聞き取れてしまいました。『猛獣』が『のそり』と近寄って行きました。
「何だよ? 何が…、『ヤベ~』だよっ!?」
僕はこの時ほど、この迷惑なカーステの音量が有り難いと思ったコトはありませんでした。目の前の『ヤバ気』なやり取りがパントマイムに見えてきたからです。
棒立ちになっているチャラ男たちの回りを、隙をうかがいながら噛み付こうと『猛獣』がうろつきました。『蛇』のようにしつこく絡んだり、締め上げたりしてました。
何を言われたか分かりませんが、ツンツンの頭が七三分けになるくらい、チャラさが抜けて、ふたりは固くなっていました。やがてカクカクしながら車に戻ると、ピタッとカーステの音が止まり、ハイヤーかと思わせるほどゆったりとした走りで、駐車場を出て行きました。
その跡には、お花畑で踊り戯れる少女が残り、諭吉くんに似た肖像画の描かれた『チケット』を両手にヒラヒラさせながら、楽しそうに笑ってました。僕は一切無関係です。
「そ~いや、腹減ったよな?」
『あいこ』は何にも悪びれるコトもなく、お店に入って行きました。いつものコトながら、コイツのお陰でギクシャクした空気が流れました。店員さんも、『低気圧』による一時的な大気の乱れを警戒して、無表情で対応してました。
僕は買い物カゴを持って、『あいこ』の後に着いて回りました。『あいこ』は商品を適当にポイポイ放り込んで、カゴをズシズシ重くしていきました。僕もこっそり食べたい物を落としました。
「『ともスケ』、払っとけ。」
『あいこ』は一万円もポイっと入れて、自分はタ〇コを買いに行きました。以前、自販機の前で『〇スポ』に難癖つけて悪態をついたら、『マル〇ロ』がおっこってきたと言い張っているヤツですから、何の支障もありません。
僕がレジを済ませて外に出ると、もう外で煙りが漂っていました。僕を見るなり『ツナマヨっ!』と言ってきたので、言われた通りに『ツナマヨ』を渡そうとしたら、
「…剥けよ。」
と、注文をつけてきました。面倒臭いけど黙って言う通りにしました。ちゃんと綺麗に海苔を巻いた『ツナマヨ』を渡そうとしたら、『パクっ!』と僕の手から直食いされました。
「『綾鷹』、よこせ。」
僕の右手に『ツナマヨ』を持たせたまま、今度はお茶を取らせました。『あいこ』は右手にタバコ、左手にお茶、僕に『ツナマヨ』を持たせて嬉しそうにプカプカ、グビグビ、モグモグしてました。
僕も『ツナマヨ』を食べたかったんですが、右手を塞がれてしまったのでサンドイッチを食べました。ハムサンドから食べたかったのに、間違えてタマゴから食べてしまって、ちょっとブルーになりました。
「ほらっ!」
横から『あいこ』が『綾鷹』を突き出しました。顔を向けたら、そっと飲ませてくれました。僕は『お茶なんて、みんないっしょだ』と思ってましたけど、これを飲んでから、ちょっと考えが変わりました。
「『ともスケ』、『まさみ』、元気だったよな?」
「えっ? 何で?」
「もし、留守になった理由が『病院』だったらさ、『まさみ』かもなって…。」
「あ…、だ、大丈夫です。多分…、」
僕が想像もしなかった推測を『あいこ』にされました。それを聞いて内心『ギクッ!』としました。今朝、家に帰ってから姉とヤッたコトに『まさか…』と思える内容があり過ぎたからでした。
「お前ら、『無茶』しなかっただろうな?」
「…えっ? あ…、はい。」
「…ならイイけど。お前、姉ちゃんが妊娠してるってコト、忘れんなよっ!」
「…はい、ありがとうございます。」
『あいこ』に念を押されて、また僕の頭の中で出川哲朗が、『イヤ、イヤ、イヤ…』と、うろたえ始めました。否定し切れない『ヤバい予感』がしました。
チンポで奥を突き過ぎたとか、『潮吹き』させ過ぎたとか、そもそもセックスしちゃマズかったとか、物凄く反省しなきゃいけない点が出て来ました。
「『ともスケ』?」
「はっ、はい~っ!?」
「何だ、お前? お釣り、お前のサイフにしまっとけ。」
と、『あいこ』はレジ袋に入れていたお釣りを、ドギマギしている僕に預けました。こう書くと『気前が良い女』に思えますけど、実際は僕の負債額が一万円アップしただけです。
「ちゃんと食っとけよ。」
「ほえ?」
「今のふたりが、仲間連れて来るかもな。」
『えげぇ~~~~~!?』
「『ともスケ』も顔、見られたからな。モテるぜぇ!」
『モテるぜぇ!』のヤバ過ぎる意味が120パーセント理解出来た僕は、タマゴとハムサンドとツナマヨとバーガーを慌てて胃袋に放り込みました。グレープフルーツジュースをカパカパ飲んで、苦味で奥歯を噛み締めました。
「今夜は、あたしもモテモテだなぁ~。じゃあボチボチ行くか?」
「ど、どこへ?」
「『君子危うきに近寄らず』。隠れんだよ~。」
『あいこ』はヤバい状況が切迫してるコトを楽しんで、嬉しそうに語ってました。でも僕はそもそも『君子』は、好き好んで『危うき』を作っちゃいけないと思いました。
『これから、ずっとこうなのかなぁ………?』
僕はビクビクしながら、『あいこ』の後ろを着いて歩きました。でも、さっきの『綾鷹』で『何気に間接キスしてたな』と思い出したら、無意味な勃起をまたしてしまいました。