③母との遠き追憶 社会人編 つづき
義母との半年ぶりのセックスを堪能した。妻とのセックスもなかなかやれない時期が後半年続いた。
妻も職場復帰して仕事オンリーみたいになり、一週間に一回、口で抜くだけの生活が続いた。俺としては妻に対する不満は無かったがセックスでの欲求は満たされなかった。平日、俺だけの休みの日は上の子を幼稚園に送ったあと棟続きの実家の客間で母と半日、セックスしまくった。母も還暦60才になった。還暦になったと言えセックス欲もまだ十分あるみたいだ。
喘ぎ声も10年前抱いたときと変わらない。今でも必ず逝ってくれるし、中出し、ザーメンゴックン、顔射何でも受け止めてくれている。
妻とセックスが戻っても母とのセックスは止められないと思う。月2回は母と交わった。父とのセックスも無くなった今、母は俺とのセックスを待ってるような気さえした。
また、仕事の合間に義母の所に3ヶ月に1回行き、日中義父もいない家で義母の体を貪った。義母は63才になった。Fカップのボディはまだ興奮させてくれた。
職場復帰した妻とセックスを再開したのが、下の子を産んで約1年経ったころだった。俺もそれなりに興奮したし、妻も積極的だった。
妻との夜の夫婦生活がこのまま前みたいに戻るのかなと思っていたがそうでは無かった。子供が大きくなるにつれてセックスの回数は減っていった。
上の子が10才、下の子が7才くらいになったころには妻とのセックスどころではなくなった。
俺も中間管理職になり、仕事も忙しくなり、妻も係長となり仕事に傾注していった。
そんな中、母とのセックスも月1回になり、義母とは半年に1回のペースとなった。
上の子が中学生になったころは微妙な年頃となり、セックス関係のことはタブーの時期に入った。
実、義母とのことも終わりにしなければならないと思った。
そこで義母と最後のセックスをするべく、義母の所に行った。義母は67才になっていた。気持ちは一日中やるつもりで抱いた。色んな体位で突きまくった。義母を手マン含めて4回いかせた。喘ぎ声もお構いなく、大きな声を出していた。Fカップのおっぱいは上下左右に揺れた。俺もザーメンを顔に1回、中に1回出した。ポラロイドカメラで下着姿、裸、オマンコ、フェラ、顔射、逝った顔等、最後だと思い撮った。
それから1ヶ月後、母を抱いた。母は64才になっていた。棟続きの実家で空っぽになるまでセックスをした。これで最後と思うと感慨深いものがあった。
64才になり、おっぱいも垂れてきたし、お尻の肉も下がってきた。しかし、女としてまだまだイケると感じた。64才の母をとことん責めまくった。手マン、バイブレーター、オマンコを舐め回して1回逝かせた。バックで2回逝かせ、正常位で1回と母も肩で息をする程、ヘロヘロになった。喘ぎ声は最初から最高潮!
俺もザーメンを顔射、中出し2回と最後には空っぽになった。もちろんポラロイドカメラで色んな写真を撮った。宝物だ。
これで実、義母との関係に幕を閉じた。母との遠き思い出になった。
…………… 完