私に犯された娘は、家を出て行ってしまいました。
もともと、心臓の弱い妻は、あの日以来、寝込みがちです。
たとえ、つらい事件が私たち家族を襲ったとはいえ、娘を犯してしまった私は、
悩み、苦しんでいます。
妻を愛しながらも、娘を犯した時の異様な快楽が、今でも忘れられません。
そんな自分の気持ちを、少しでも正当化しようと、近親相姦に関する本を手当たり
しだいに読み、最近はじめたインターネットで、その種のサイトに行きました。
意外と多い近親相姦の事実に、驚くと共に、少し安心しました。
自分だけが、異常なのではない、そんな思いで少し救われました。
私は、普通の男で、妻を愛する夫であり、娘を大切にする父親でした。
旅先で、卑劣な男達の罠に落ちるまでは、私たちは幸せな家族でした。
娘の結婚が決まり、その記念にと、家族水入らずの旅行が、悲劇になりました。
陶芸が趣味の妻の希望で、訪れた山の中の窯元は、魔窟でした。
朽ち果てた、古い造りの小屋が、二つありました。
場所を間違えたと思い、引き返そうとした時、そこで待ち構えていた青年二人に、
私と妻、一人娘の三人は捕われました。
私は、まったく無力でした。
不安と恐怖に怯える私たちの前に、あとから、もう一人の男がやって来ました。
まえの夜に、泊まった旅館の番頭でした。
朝、旅館を出るときに、この窯元を妻に勧めた男でした。
私と同世代の番頭は、二人の青年に、「どうだ、言った通り、いい女だろう」、
妻と娘に、卑しい目を向けた番頭の顔と言葉を、私は忘れることが出来ません。
番頭は、私のポケットから車のキーを探り出し、小屋から出て行きました。
戻ってきた番頭は、両手に、妻と娘の旅行鞄をさげていました。
ぞっとするほど、二人の青年は卑猥な笑いをしました。
三人の男達は、競うようにして、妻と娘の旅行鞄をあさりました。
妻の白色の、そして娘のブルーのブラジャーとショーツ。
目的の物を手に取ると、男達は笑いながら、それらを互いに交換し、目を近づけ、
鼻を近づけては、妻と娘のシミの付き具合や、匂いの違いをあげつらいました。
そんな男達から、身をよじって顔をそむける妻と娘。
どれほど辛く、恥ずかしかったことでしょう。
妻も娘も、人が羨むほど、美しい女性でした。
何の取り柄も無い私ですが、素晴らしい妻と娘を誇りにしていました。
美しさゆえに、番頭に目をつけられたのでしょう。
青年二人は、よほど私の妻に執着しているのか、生理用品の袋を破り、綿製品を取
り出すと、それを舐めたり、噛み付いたりしました。
その姿は、いつか妻の股間に当てがわれるはずの綿製品が、あたかも妻の分身であ
るかのように、貪り尽くしていました。
番頭も、綺麗に丸めてあった妻のストッキングに、鼻を埋めていました。
男達は、余興のつもりなのか、妻と娘の下着を、私の目の前に広げて見せ、鼻に押
し付けてきました。
妻の下着をおもちゃにする男達に、強い憎しみを覚えました。
しかし、普通の精神を持った私が、自分を失い、狂ってしまったのは、娘の下着を
見せられてからでした。
ブルーのショーツを汚している、微かなシミを見た時、健康的な汗の匂いに混じっ
て、まぎれもない女の香りを嗅いだ時、私は狂ったのだと思います。
顔をそむけている娘が、生身の女に見えました。
男達は、隣りの小屋に、妻を連れて行きました。
妻は、三人がかりで犯されました。
廃屋のような隣りの小屋から、妻の哀しい悲鳴が聞こえてきました。
長い間、その悲鳴は続き、それはくぐもった嗚咽に変わりました。
明らかに、妻の口を何かで塞いだ嗚咽でした。
――あいつら、私の妻に、フェラチオまでさせているのか。
犯され、辱しめを受ける妻を、助けてやれない情けない夫。
でも、その時の私は、さらに情けない男に成り果てていました。
それは、小屋に残された私と向かい合う娘に、欲情していたのです。
炎のような口惜しさや憎しみの情念は、すべて、娘への性欲へと変りました。
もし、娘の下着を見せられなかったら、匂いを嗅がせられなかったら、その時の私
は違った自分であったと思います。
母の身を案じ、哀しそうに涙を流す娘に、私は欲情しました。
妻は、全裸で戻ってきました。
全身のいたる所に、赤い痣をつけられ、乳房には歯形すらありました。
そんな妻の無惨な姿が、私の感情をさらに刺激しました。
男達の手には、妻の下着やストッキング、ワンピース、ハイヒールがありました。
それらを、ぐったりと横たわる妻に放り投げると、男達は次に、娘を襲いました。
私の目の前で、娘は瞬く間に、全裸にされました。
逃げ惑い、助けを求める叫び声にすら、私は刺激されました。
なんていう酷い父親でしょう。
割り開かれた娘の股間を見た時、私は完全に狂ったと思います。
男達は互いに、うなづき合うと、恐ろしいことを始めました。
私のズボンとブリーフを下ろし、娘と交じらわせようとしました。
私は、かつて無いほどに、固く勃起していました。
「嫌ーっ、お父さん、どうして、、」
男達に抱え上げられた娘は、そう言って、勃起している私を非難しました。
交わった時の、娘の悲鳴が、今も耳にこびり付いています。
私には、娘の肉とこすれ合う快感は、実際、感じませんでした。
激情で感覚が麻痺したのが、しかし、迫りくる射精感だけはありました。
縛られた窮屈な姿勢で、私は、自ら腰を動かしました。
少しでも膣の奥へと腰を使う私は、娘と目が合いました。
娘にも、私が自分の意志で腰を使っていることが分かったはずです。
哀しみとも、非難とも受け取れる娘の表情でした。
私は、もう少しで射精という時に、娘と引き離されました。
そして、娘は隣りの小屋に連れて行かれました。
犯される娘の様子を聞きながら、私は、男達に嫉妬しました。
憎しみではなく、嫉妬でした。
妻の時には感じなかった嫉妬で、私は悶々としました。
車で家に向かう間、私たち家族は無言でした。
しかし、私には射精できなかった欲情が、くすぶり続けていました。
家に帰り、妻がシャワーを使っている時、私は娘を犯しました。
嫌がり、抵抗する娘を、私は叩きました。
その時の娘の目は、私を卑しみ、蔑むものでした。
そんな娘を、私は犯しました。
射精の瞬間、背後で、浴室から出てきた妻の悲鳴を聞きました。
この時、完全に、私の家族は崩壊しました。
あれから妻を抱いていません。
気持ちはすべて、家を出て行った娘にあります。
婚約を解消し、独り暮らしを始めた娘に、たぎる性欲を感じます。
娘をもう一度抱きたい、いや、何度でも抱きたい。
私は、情けない父であり、夫なのです。