誰にも話してない母との秘密です。私が、21才で東京で大学に行っている時・・
母が田舎から上京してきて、私のアパートに2、3日滞在。その時、母は具合が悪
くなり熱がでて寝込みました。夜中に発汗がひどく母に・・これだけ汗がでたら
治るはずよ・・Nくんママの体を奇麗にタオルでふいてくれる?と頼まれたので、何も
疑問に思わず寝てる母の首筋とか拭いていたら・・どきっとしました!母のス
リップは、汗でびっしょりで乳房とかパンティーが透けてみえたからです。私
は、母に・・下着とか着替えた方がと・・遠慮ぎみに言ったところ、母は 、悪いけ
どママの鞄の中に下着が・・私に頼んだので私の胸はバクバク、ペニスは勃起して
痛いぐらいで、母に絶対悟られないようにしていました。母は、風邪だと思うけ
ど、気分はよくなったと言いましたが、全身が汗まみれです。当時、私のアパート
には、シャワーがありません。M君ごめんね・・母は少し苦しそうな表情をしなが
ら、スリップを脱ぎました。横たわった母の体。小振りの乳房とくびれたウエス
トに私の生唾を飲み込む音が、狭い室内に響いたような気がしました。母の白
い裸身をタオルでふきつづけました。とても、不思議であやしい時間が、二人の間
に流れていたのです。母も、私のこの作業をやめてもいいと言はないし私もや
めない。実に、心地好く快楽の時間に思えました。母は、左腕で顔を覆い、仰向け
に両足を伸ばして静かにふとんの上に横たわっていました。もちろん全裸では
なく、下半身には薄いベージュの綿のパンティーをつけており、却って卑猥な光
景でした。やがて、私はうわずった声で遠慮がちに、そこはどうするのか、母に
聞きました。母は、小さな声でごめんなさい・・そう言って、太股をゆっくりと左
右に開きました。私は、今にも噴き出しそうな劣情を必死の思いで抑えました。
初めて母の下側にまわり、両の太股をたてました。ひどく淫らな光景だと思い
ましたが、母は自分の姿に羞恥心を覚えている様子もなく、私に、従ったので、
ある種の度胸がつき、母の太股の内側からももの付け根へときわどく・・進みま
す。私の視線は、母の一枚の布で覆われた陰毛や性器でこんもりと膨らんだ部
分に釘付けで、もし、自分のペニスに触れれば射精してしまうほど、興奮してお
り、たぶん獣のような顔をしていたと思います。母のこの最後の布を早くはぎ
とりたい・・そのタイミングを伺いながら、大胆にも、あの箇所母のその箇所は、いつ
の間にかたてに、濡れて来ているのがわかりました。私は、しばらく拭く手を休
めておりましたが、意を決して母のウエストから腰に両手をあてがい母のパン
ティーを引き下ろしにかかりました。母が、お尻をすっと上げてくれたので、
あっという間に、母の股間が、私の目に飛び込んで来ました。憧れていた美しい
母の陰部。それは、恥骨から、アナルに向けてかなり濃く茂った陰毛・・ワイセツに黒ず
んだ大陰唇と小陰唇・・吹き出した糸状の液が、股間のあちらこちらにこびりつ
いていました。私は、そこが露出されるとほぼ同時にまず裂け目に沿って指で
なでました。その瞬間まで、静かに横たわっていた母の口から、初めて、ああ
あ・・・という、押し殺した喘ぎごえが、漏れました。私は、これから展開する世界
こそ、噂にしか聞いていなかった母子相姦の世界であり、引き戻せないと思う
とともに、実に甘美な欲情でとろけそうだった。私は、かなり素早く衣服を脱ぎ
捨て母の陰唇を丁寧に撫でながら、体を重ね合わせ母の唇を本当に激しく吸っ
た。そして私の卑猥な舌は、母の体の隅々を舐めまわし、特に陰唇周辺を蹂躙し
つくした時、母のよがり声と激しい腰づかいは頂点に達した。私の勃起は以外
と沈静化していたが、母さん・・と一言発して、私の勃起してそりかぇった亀頭
は、母の陰裂への挿入を激しく求めてもいた。母の表情を、そっと伺った。目は
閉じられているが、唇は半ば開かれ、苦悶とも歓喜ともとれる表情だった。薄明
かりの室内に、私に組み敷かれた白い裸身とすすりなくような母の喘ぎ声。私
は、もう一度、挿入する箇所を確かめたかった。母の股間に顔を埋め、愛液が溢
れ出しているのと、肥大化したびらびら。母にキスしながら、ゆっくりペニスをあ
てがった。それが、産みの母の膣道の奥におさまると、二人の体は密着して、母
の汗が、絶え間無く、ぴちゃぴちゃ音をたてた。二人とも無言であることが、こ
の禁断の行為が現実のものとして、感じ取れて私のペニスは母の膣道内部で更
に拡張した。母のふとももが、私の尻を締め付け両腕も背中をきつく締め付け
てくる。お互いの下半身は、結合した部分を固く密着させながら、卑猥なピスト
ン運動が続いている。ひとつひとつの母の体内を突く運動が、貴重なものであ
り愛が感じられる・・・そのとき、突如、形容しがたい快感に襲われた。すぐに母
もそれを察知した。ああ!とうおお!という二人同時の喜びの声が、深夜のアパート
中に、一瞬こだましたはずだ。体内の奥の奥から、多量の精液が、溢れ出して来
るのを感じた。母の豊満なヒップを思い切り壊れるかと思うぐらい引き寄せ何
回も・・たぶん20回くらい、めくるめく甘美な快感の中で精液を母の膣内に多量
に放出していた。お互いの体を慈しむように、抱き合い絶え間無く愛撫をつづ
けていたが、程なくかい間見えた母の性器・・私の精液にまみれ汚された・・に対
して、猛烈にさらに、汚したくなった。ああ!この世にこれ以上の快感があるの
か?母という神聖な存在を犯す行為!私の亀頭に母の陰唇がからみついてくる
のを実感した時、二人は同時に、アクメを迎えていた。母さん愛してる・・わたしは、
本心から感謝をこめて言った。母は、うん。ありがとうと、顔にからんだほつれ
毛をかき分けながら、私を見つめて、微笑んだ。丸がおの母の笑顔はたとえよう
もなく美しかった。その後、母は私のペニスを徹底して愛してくれましたので、
2回結合しました。うとうとしてると、室内に朝のまぶしい光りが、差し込んで
いた。母の顔は私の胸に埋められていた。周囲には二人の下着が無造作にから
んで散乱していた。私は、再び激しい情欲を感じた。同時に感じた自責の念・・し
かし、母の体を昨夜以上の情熱でつきまくった・・・母は、その日の午後羽田から
田舎に帰って行った。いまでも、不思議なことは、羽田で母と別れる時、私とあ
れほど激しく燃えあったのに、以前の母に戻っていたことです。むしろ、私に
は、優しかった母が前よりも威厳をましたように感じられたのです。昨夜のあ
られもない格好とは、うってかわって、私に母として接する態度にほっともし
ました。その時、母は44才、私は21才でした。その後、母は私からの申し入れ、つ
まり性交渉を一度も受け付けませんでした。あれほど燃えた母の姿態がいまで
は、幻ではなかったのかと思ってます。(完)