私は42才の独身女性です。
母よ幼稚園の頃に病気で亡くし、父と娘の私との二人っきりの生活をしていまし
た。
父との関係を持ったのは小学6年生の夏の頃です。
寝苦しい暑い夏の夜、一緒に寝ている隣の父の呻き声と父の股の間で激しく動く
父の手で目を覚ましました。
後ろ向きで下半身裸で何かを握って激しく前後させて苦しいような気持良いような
声を上げてるのを見て心配になり父の前の方に行って布団を剥いで父に声をかける
と
丁度、最高になった頃で私の顔を見てびっくりしながらも一段と声を上げて女性が
悶える様にあの部分から白い液、そう精子を私の方に向けて放出したのです。
一瞬、私の顔を見て私の名前を言いながら果てました。
私はびっくりしていたのですが父が大人の男はおチンチンから白いのを出さないと
駄目だと教えられ、普通はお母さんの性器の中に入れて出すんだと話してくれまし
た。
父も出来ないから誰かほかの女性にしてもらいたいのだけど言っていたのをほかの
人に父を取られてしまうのではと思って今度からは私が父のおチンチンを私の性器
の
中に入れて出させてあげると言ってしまいました。
父はそんな事は出来ないと言っていましたが私が毎晩寝てる父のおチンチンを私の
性器に当てて入れ様としましたが出来なくて、父も毎晩して上げようとする私に
手で触って前後にしてくれるといいとか、口に咥えて頭を前後に動かすだけでも
いいよ言われ、毎晩、気持ち良さそうにするので手で握ってあげて固くなったら
口で咥えて白い液が出るまで頭を前後に動かしてしてあげていました。
中学生の上がった時にしてもらってばかりでは不公平だからと口で咥えている時に
私の胸や性器を触るようになり私も触られると気持がいいのが分かって父があの時
に
変な喘ぎ声を上げてたのが分かったし、するのは気持ちいいからなんだと知りまし
た。
私も気持ちいいのがわかり寝る時は父にも裸になって貰い、私も何も着けないで
全裸で一緒に寝るようになりました。
父のおチンチンを握って固くなり始めると父の手を取って私の性器の所に持って行
き
私のも触って気持ち良くして催促するようになりました。
私も気持ちいい時は気持ちいいと言って呻き声を上げて身体を捩るようになりまし
た。
私が父のを握って動かすのを忘れるほど感じてしまった時に自分では何を言ったの
かは覚えてはいないのですが父が言うのには「いい、いいよ、入れて、いっぱいい
れて
と股が避けるほど開いて父に抱き付いて股を押し付けながら揺らしていたらしくて
父も興奮してしまっていたのでしょう、父のおチンチンが私の男性を知らない性器
の
中に押し進んできたのです、私は待っていたように奥へ奥へと突き進むみたいに
腰をグイグイと押し付けて行ったそうです。
何の抵抗感もなく痛さも感じずただ性器に受け入れた男性器を悦ぶみたいにして
仰向けに寝て足を高く上げていた私が父を倒すように起き上がり父の上に跨り
セックスの快感を知り尽くした女性のごとく、腰をゆっくり動かしたり、時には
身体を捩らせながら悶え声を上げて激しく動かし、快感の高まりを楽しむように
上り詰めながらもまた終わるの惜しがり挿入をゆっくり楽しみ、何度も何度も甲高
い
歓喜の悶え声をあげていたそうです。
身体は汗が噴き出して水を被ったようになっていて白目になるほど目の玉は吊り上
げて
中学生とは思えない身体と腰の動きをして身体の到る所で引き付けを起こしている
様にリズムを取っているような痙攣を頻繁に起こしその都度遠のいていくような鼻
から抜けていく甘い悶え声を上げて動きの間隔も早くなって痙攣も続き出し休みの
ない激しい腰の動きになると声の途切れもなく両手を振り乱すようにしてしたかと
思うと
クリトリスを握り締めると目にも泊まらぬ速さで掻き毟るみたい指を動かし、片手
は
胸を掴み激しく揉み始め、頭はめちゃくちゃに振り回し、白目になって閉じれ無い
口からは止めども無く涎を垂流しながら悶え声を上げ続けて身体が小刻みに痙攣し
たかと思うと両手、両足を大の字に突っ張るみたいにして男性器と挿入された、性
器
だけで支えるみたいに如何にも空を飛んでるみたいになって一瞬身体が収縮して
果てたそうです。
その後は夢遊病みたいになってまた座り込みゆっくりと円を描くみたいに押し付け
ながら1時間近く快楽の狭間をさ迷っていたと言ってます。
そんな快感を月に一度は感じて父以外の人は考えられない身体となってしまい。
快楽の虜になってしまいました。
一日も欠かす事が出来なくなっていて父が出来ない時は布団に男性器に似た物を
取付けてもらって一人で寝ている父の傍で悶えてました。
父に依って女性の最高の快感を中学生の年で覚えてしまって父以外は考えられなく
て
現在65才になる父の面倒を見ながら父とのセックスは今でも続けています。
年と共に挿入できるほどの固さが頻繁に出来なく無くなって来て回数は減って来て
ますが月に3,5回はセックスを楽しんでいます。
私は常に性器の挿入感を感じていないと我慢が出来ない身体なのでおしっこをする
時
以外は常に特注で作ってもらっている足首と同じ太さのバイブで性器の入り口付近
まで
縮んで奥深く間で延びながら回転するのを装着してるペニスバンドを付けて分から
ない様に幅広いスカートで隠して自営している店先でお客の来ない時は快感を感じ
て
悶え楽しみ、椅子にもバイブを付けてありお尻の穴に挿入するようにして座ってい
ます。
性器に挿入するバイブの太さをもう一回り太くしなければと注文を出してますので
出来上がってくるのが楽しみです。
禁断と言われていた近親者とのセックス、それも父と娘の関係が早い時機に行われ
たのが興奮と罪悪感でより一層の淫らさを出して普通の人では感じれない快感を
知ってしまった私は悦びを感じても後悔は感じていません。
父と娘との関係だから知りえた快感で何十年も休むことなく続けた悦ばしい結果だ
と
思っています。
父が亡くなって一人になっても父が残してくれた快感を感じる事だけを考え求める
身体を残してくれた父に感謝します。
父が無くなる時も私の性器の中で行かせた上げるつもりです。
私も身体中に快感の渦を感じながら悶えの悦びの声を上げながら性器に柱に近い
バイブを挿入されながら死んでいきたいと真面目に考えています。
最後に私が快感だけを求めてきた女性の姿を見せながら死んでいきたいと願ってい
ます。
まだ何十年と快感を求め続けられる健康な身体に感謝です。
幼女の頃に知る近親相姦での快感は最高の物で続けると最高の人生が遅れます。