娘が生まれてすぐに妻が亡くなった。
父子家庭で娘に辛い思いをさせないように、周りの助けを借りながら必死で頑張ってきた。
娘がまだ赤ちゃんの頃、おむつ替えたり風呂に入れたりしながらお尻やマンコにキスしてた。
たぶん誰もが1度はやった事あるんじゃないかと思う。
私は毎回やっていたけど…。
娘が歩きはじめた頃、チンコに興味を持ち始めたのでたくさん触らせてあげた。
自分に無い物だから不思議だったんだろう。
その頃からセックスについて色々話してあげた。
理解できるとは思ってなかったが、正しい知識を早い段階で教えてあげたかったから。
幼稚園生になってからはフェラチオを教えた。
と言っても最初は舐めさせるだけだったが…。
毎日練習させたおかげでどんどん上達していき、年長さんの頃には拙いながらも咥える事が出来るようになった。
小学校入学と同時にオナニーを教えた。
もちろんアナルオナニーもだ。
これも毎日私の目の前で行わせてチェックした。
すぐに快感を得られるようになったので素質があったのだろう。
初めてオナニーで逝った時はご褒美にクンニをしてあげた。
クンニが気に入ったようで、進んで私の前でオナニーするようになり、ご褒美のクンニをせがむようになった。
アナルの方も順調に開発が進んで、小学3年生の頃には私の指が2本入るようになった。
とても順調に娘は成長していき、本当は中学入学してから教えようと思ったセックスを前倒しで教える事にした。
小学5年生になった日の夜、私はいつものように娘をクンニしていた。
そしてそのままセックスをすると告げた。
娘の緊張をほぐすように、しっかりと愛撫をしてあげた。
大人顔負けの反応をするので私ははやる気持ちを抑えるのが大変だった。
もう十分だろうと判断した私はゆっくりとマンコにチンコを押し込んだ。
かなり狭くてキツキツだったが娘は余り痛がらなかった。
今までの教育の成果だと思う。
それでもなるべくソフトに突いて娘を労わった。
初めての記念に娘の中にたっぷりと射精した。
娘は精子が流れ込む感覚を不思議な感じだと言っていたが、すごく気に入ってくれたようだった。
だがその日から数日後に生理が始まり、生でのセックスは余り出来なくなった。
生理中の娘はセックス出来ない不満をフェラチオする事で発散していた。
中学入学と同時に今度はアナルセックスを教えた。
私の指が3本入るようになったので十分に可能だと判断したからだ。
まずは浣腸で中を綺麗にさせ、ローションを使って滑りを良くして挿入した。
こちらの穴でも娘は最初から快感を得る事が出来ていた。
妊娠する可能性も無いから安心して中出し出来て私も楽しめた。
この日から生理中や危険な日はアナルでするようになった。
もちろん安全日にはマンコに射精してあげていた。
私の教育は間違ってなかったと確信している。