去年の秋の事でした
休暇中の真昼、家のインターホンが鳴り応対してみると
「突然の訪問すみません。俺は貴女の腹違いの兄で、柴田遼一と申します」
高校生の頃父が母に土下座して謝り、その名を口にしていたので私はひとまず扉のレンズからその容姿を確認し、そこに父そっくりの面影を見つけてチェーンを掛けたまま扉を開けました
「前もって連絡も無しに訪ねてしまって申し訳ありません。でもどうしてもすぐに、直に会いたくて…」
疑い様の無い程父と同じ声のトーン、口元に手をやる癖、指の曲がり具合。だからと言っていきなり家に入れる訳にもいかず、私は近所の喫茶店でお待ち下さいと告げました
身支度を済ませ家を出た私は、通い慣れた喫茶店の一番奥に座っている兄の前に座り
「初めまして、桜井美緒です」
一礼して再度兄の顔を見つめました
兄は現在ウェブデザイナーとしてそれなりに成功を収めはしたものの、早くに母を無くして親戚も居らず、孤独に生きてきたと静かに語りました
「母が酔って父や貴女の存在を漏らした日から、俺はいつか父ではなく貴女に会いたいと思うようになりました。父がもう亡くなったのは知っています。俺にとって父は許せない存在ですから気にもしませんでしたが、貴女には会いたかった。一度でいいから、たった一人の妹に…」
「私の所在は何処で知られたのですか」
兄は暫く黙り込み、俯いて答えました
「…興信所に」
私は溜め息をつき、どう話せば、何を伝えれば良いのか考え込みました
最後まで母を泣かせ自分勝手に生きた父。不謹慎にもそんな父と関わらずに済んだ兄は幸せだとすら思いました
私の複雑な心境の雰囲気を感じとったのか、兄はふいに私の頭を撫で
「もし俺の存在を許してもらえるなら、たまにで良いですから、こうして会って頂けませんか…」
一瞬の内に脳裏に様々な感情が渦巻き、私はかなりの間を置いて答えました
「はい…。私などが想像する以上に、父に対して抱えているものがあると思います。そのお気持ちが少しでも癒せるなら…」
私達は携帯番号とメアドを交換し、近々再び会う事を約束しました