私は現在21才で印刷会社で働いてます。
母は44才で運送会社の事務をしてます。
母はちょうど10年前、私が五年生のとき離婚しました。
母と二人で生活してましたが、それは苦しく、いつも疲れ切っている母を見るのが辛かったです。
私が中学に入る少し前、遠縁ながら近くに住む、洋叔父さんから、一緒に住まないかとの提案がありました。
洋叔父は当時40才独身ながら、結構大きな一軒家に一人住まいしていて、部屋はたくさんし、そうすれば君達も家賃分、少し楽になるでしょうとの提案でした。
母は私にどうするか、訪ねてきました。
オナニーを覚え始めた頃の私は、このプライバシーが殆どないアパートより、洋叔父の広い家が魅力的でしたが、まだその時35才の母と40才の洋叔父、と言うのが気がかりに、母はためらっていたのが、子供心にもわかりました。
でも私が洋叔父との同居に同意して、母もそれに追随しました。
家賃はなくなり、食費や光熱費などは折半でしたので、生活は多少楽になり、プライバシーがある部屋もあり、快適な生活をしてました。
でも中学生になった私は、やはり同居する前に懸念していたことが気になってました。
引っ越すとき、洋叔父は私の部屋は二階、二階にまだ部屋があるのに、母の部屋は一階を使ってと言われました。
一階は洋叔父の部屋もあります。
同居開始して3ヶ月過ぎたあたり、夜中、母の部屋を覗くと、やはり洋叔父と母は同じベッドに寝てました。
(あぁ、やっぱりな)
洋叔父の狙いは母だったんだな、あと苦しい生活から抜け出すために母は仕方なくこうしてるんだな、と思いました。
私にひもじい生活させないためとか。
なんとなく納得したような私でしたが、一番大切なものを犠牲にしての快適生活に疑問を感じました。
私が中学二年のとき、洋叔父が珍しく出張で数日家を空けたとき、私は母に問いかけました。
『洋叔父との関係は知ってるけど、これでいいの?』
母も私が知ってて当然と思ったのか、落ち着いた様子で
『一緒に住んでる以上、仕方ないでしょ?』
『なんか納得がいかなくて。母さんが愛人みたくなってて』
『前の生活よりは、あんただっていいでしょ?ギブアンドテイクよ』
ドライな返事だった。
沈黙してしまった私ですが、少しして母に言いました。
『一番大切な人に、多大な犠牲をさせてるような気がして』
『一番大切な人?私?』
続く