小学校から中学に上がるころまでは両親と同じ部屋で寝ていたので(姉は別の部
屋)、寝たふりをして親のSEXを見てチンポを立てていました。冬の寒い時期意外は
掛け布団なしですぐ横でやってるので事が始まるとクチャクチャ、ヌチャヌチャと
水っぽい音がして目が覚めて薄目で見ると親父が母親の腹上に乗り腰を尺取虫のよ
うな動きを必死でして息を荒げていました母親の足は親父の腰に巻きつき腕は首に
巻きつけて声を殺し小声であえいでいました。それはほとんど毎日で生理のときも
結構していた、親父は母親を逝かせるだけで自分の射精は3日に1回のわりのようで
母親が小声で「出すんだったらゴムつけてよ」とか「今日は中に出してもいいわ
よ」とか言っていました。
親父の射精しない日、母親が「いい・・・、逝く、逝く」と言って逝ったら動きを
止めしばらくしてチンポを抜き、股間に顔を埋めておめこ汁をジュルジュルと音を
たて舐めて掃除していたのが忘れられない記憶でした。中学生になり自分の部屋を
もらったのでが今まで見てきた親のSEXが忘れられず、オナニーも覚え学校から帰る
とまず一発抜くのが日課でした。
私のオナニーのやりかたは親父の腰使いに習いズボン、パンツを膝までずらしチン
ポを紙やタオルを敷いた座布団に押し付けて腰を振るやり方でした。
母親の足音がすると慌てて止め、知らん振りをしていましたが、その日は母親がド
アを少し開け全て見ていました。そして「孝明そんな事ばっかりしていたらアホに
なるで」といわれ恥ずかしさもありしょんぼりしてしまいましたが、思わずその時
「母さんも父さんも毎日やってるやんか、ぼくもしたいんや」といってしまいまし
た。母親は少し黙っていましたが「誰にも言ったらあかんで」と言って部屋に入っ
てきてスカートを捲り上げ水色のパンティーを下ろし私の横に寝転んだ。私は母さ
ん、していいの!」母さんはうなずき目を閉じていたので上に覆い被さりチンポを
握っておまんこの穴を探したが中々見つからず入らず焦っていると母がチンポを持
って穴に導いてくれズルッと入った、おまんこの中は熱く何とも言い様のない
気持ち良さでした、先に一発オナニーで抜いたとこだったので結構な時間ピストン
していて中に射精した。汗びっしょりで横に仰向けに寝たわたしのチンポをそして
おまんこをタオルで母さんは拭きながら「だれにも言ったらあかんよ」と言って部
屋を出て行った。 今から考えると母さんの作戦どうりだったのかなとも思える。
次の日から学校から帰り「母さんたのむ」と声を掛けると部屋に来てくれた。
その後、段々慣れて色々な体位やフエラ、クンニとかして回数も2回3回とした、
私とのSEXでも「いい・・・、逝く、逝く」と喘ぎ全身を痙攣させ潮吹き(失禁)す
るほど感じて親父のチンポより私の元気なデカチンポの虜になっていった。
この関係は大学に入り家をでるまで5年ほど続いた。