母、弘美は47歳。私は22歳。
身長155cm、体重多分58㎏、色白のポッチャリタイプ、性格も大らかで
家族の人気者である。
親父が2年前から金沢に単身赴任しており、姉も嫁いでしまったので、今は
ほとんど母とのふたりの暮らしである。
私も本当は親元を離れたかったのだが、たまたま気に入った就職口があった
ので、地元に根付いている。
明るい性格の母親のお陰で、自分も結構根赤の方であるが、1年位前から母
親を「女として」見るようになった。
もちろん、ほかの投稿にあるような性交渉などを求める勇気などある訳がな
いので、洗濯篭に入っている「ブラ」や「パンスト」そして母のパンプスの
匂いを嗅いでオナるのが精一杯であった。
母はパンティーは風呂で手洗いをするので、装着後の品をゲットできないの
は残念であったが、干してあるパンティーには必ずうっすらとしみが残って
いるのがリアルであった。
そんな私の人生を変えてしまったのは、薬剤師の卵である友人から粉状の睡
眠薬を分けてもらってからである。
ストレスで眠れないという理由でもらったが、もちろん使用相手は母であ
る。
ある日、残業で9時ごろ帰ってきた母は、すぐに風呂に入った。
風呂からでてきた母に「たまには焼酎でも飲まない?」と誘ったところ、
「いいよ。」とうまく乗ってきた。
普段は、サワーしか飲まない母であるので、焼酎の水割りの味は知っておら
ず、薬を仕込むには好都合であった。
のどが渇いていたのか、2杯くらいあっというまに飲み干し、3杯目位か
ら、かなり酔った雰囲気になってきた。
私は、興奮を抑えながら普段と変わらないように色々な話をしたが、ついに
母は寝てしまった。
隣の母の寝室につれてゆき、ふとんに寝かせた。
パジャマ姿の母は、とても色っぽくすぐにも触りたかったが、友人の「寝て
から15分後位からが一番深い眠りになる。」という言葉を信じて、ビデオ
カメラの準備をしながら待つことにした。
いよいよ母の元にゆき、夢の実行に移した。
上はブラとキャミソール、下はパンティーのうえに長いガードルのようなも
のを穿いていたが、かえって「熟女感」があって興奮をした。
母の身体は
※脇・・・右利きなので、左の脇はまあまあきれいであったが、右の脇が毛
がかなり残っていた。
※乳・・・まだまたきれいなオッパイで、乳頭も薄茶、乳輪も大きくなく
年を感じさせなかった。
とてもやわらかい。
※腹・・・ややたれぎみであり、妊娠線が残っているのがリアルであった。
※マンコ・恥丘の部分の毛がうすくなっていたが、他はやや大めである。
小陰唇は左がやや大きく、色は濃い目。
大陰唇はふっくらとしており、色っぽい。
膣はやや大きく、中まではっきり見ることができた。
※肛門・・多くの女性に見られる「脱肛」症状はなく、いわゆる「菊」形状
で、3本毛がはえていた。
このような悪戯の間、ビデオを回し続け、接写をしたことはいうまでも無
い。
最後は、本当は生でしたかったのだが、匂い等が残るといけないので、ゴム
をつけて母の中で果てた。
よく日、母は頭が痛いと言っていたが、「飲みすぎだよ」とごまかした。
母を犯したテープが当面はおかずになりそうである。