母が22の時、華道家元に犯され妊娠、私を産みました。今は私も嫁ぎ、母は一人暮らし、華道を教えています。父(家元)が時々帰ってます。子供の頃から父が来ると母は、抱かれてました。華子、拡げなさい、挿れますよと声が聞こえてました。また部屋は襖も開けられていて、いつでも観れました。
...省略されました。全部表示する
父は出稼ぎに出てました。そんな父の居ない日の母が妊娠してお腹が膨らんできた頃から、祖父が母の布団に入って来るように成りました。その父も、母が妹を生むと帰って来なく成りました。前後した記憶だけれど母が祖父に、あの人に知れたらどうしよう。祖父は、孕ませてしまったんだ産んだら良い。かなえ、拡げろや嵌めるぞ。って言っていた時もありました。
親子3人で暮らしてました。姉今ではもうおばあちゃんです、父は亡くなりました、俺ももういい年です。父が亡くなったので書きます。但し文章は下手です、誤字もあります。思うがままに書き込んでみました。
...省略されました。全部表示する
私が小さいときに父が亡くなり、母は女手一つで私を育ててくれました。家は裕福とは言えず、二間のアパートで一間は母と私の寝室と勉強部屋、もう一間はダイニングキッチンと言っても4畳半の部屋だった。母は昼は近くの工場で働き、夜はコンビニで働いて帰るのはいつも10時を過ぎていたのです。
...省略されました。全部表示する
母65歳父は75の時に無くなり今年で3年に成ります。母が「そろそろ部屋を片付けたいお父さんの遺品も捨てないとねどうせ残して置いてもゴミだから」。「ただ自分で捨てるのは・・・・」と言う事でじゃ俺が捨てるよ全部捨てるよ、お金になりそうな物はリサイクル屋さんに持って売って来る。後でお金渡すよ。
...省略されました。全部表示する