正式に付き合う事なくカラダの関係を持つ、これは今で言うセフレ以外の何者でもないのかもしれませんが、私はとても満たされていました。14くらいから隠れてオナニーし始めて28までずっとオナニー三昧だった女が、やっとまともなセックスを出来る立場になったのです。
それに澤田さんに奥さんや子供がいるのもすぐにわかりました。ですが真剣な恋愛は諦めてもセックスの快感だけは捨てたくない。またあのオナニー生活に戻りたくない、そんな気持ちでは澤田さんと許されない交際をしておりました。
でも結局、そんな時代は長く続きません。澤田さんは私に飽きを示してきたと同時に別の通信関係の会社に転職してしまったのです。
澤田さんほどのスキルの人ならどこの会社でも欲しがるでしょう。結局、私は飽きられたのでしょうね。転職と同時に連絡を取り合うこともなくなりました。
それからの私は貫通してしまった事により、ローターや電マを使ってのオナニーからバイブオナニー、ディルドオナニーができるようになりました。ですが結局は虚しいのです。
そんな私が30歳になった時、正直に言えば今でも後悔している出来事に見舞われます。私は正月の親族の集まりで、、叔父とセックスしてしまったのです。ここからは叔父とのセックスの経緯についてお話しします。
毎年正月になると私たち家族や親族は、祖母の家に集まって盛大に祝うという親族行事がありました。
私の家系にはエリートの人など誰もおらず、河内弁で話す工員、土方、佐官、鳶職、電気工、設備工、ダンプ運転手のような人しかおりません。
私はその中で浮いた存在なのですが、それは私がエリートやインテリなのではなく、ただ地味でおとなしいというだけの浮いた存在です。
また年齢の近い兄妹や親戚などもヤンキー男かギャル系女みたいなのしかいません。そんな環境だからおとなしい私は酔った親族からの格好のセクハラの的になっていました。
私たちのような河内長野や松原の下町の親族間ではセクハラなんて酒の席では当然。私以外の気の強い姉にセクハラしても「やめろやクソジジイ笑」と言われるだけなのでセクハラしても楽しくないのはわかります。
だからからかい甲斐のある私がセクハラの的になっていました。言葉での「何人のオトコとやったんや?笑」みたいな質問は当たり前で胸やお尻を撫でられるのも当たり前、そんな感じの集まりでした。
そして貧乏人間だからこそ、、残クレアルファードっていうのでしょうか、車だけは立派な黒塗り仕様のものに乗って各自が散っていくのですが、祖母の家は広いので飲んだから帰れない人もいて宿泊する人もいるわけです。
その宿泊組のなかに叔父がいたのです。
私は散らかった部屋の掃除、洗い物をひと段落させて外にゴミを捨てに行ってました。すると外で誰かとスマホで話ながらウィスキーを飲んでる叔父が「ふみ、こっちこいや」と電話をすぐ切り、私を呼んだのです。
また話し相手か酌をしろと言ってくるのかと思ってましたが、やはり単なるセクハラでした。「久しぶりにみたら綺麗になっとるのぉ、いくつになったんや?」みたいな事を言ってきて私もそれに相手をしていると、「エロい足してるやないかぁ」といきなり太ももを触ってきたのです。(ズボンの上なので生足ではないですが)
この人、かなり酔ってるなと思いました。顔がもう完全に酔っ払いの酩酊姿なのです。
私は「飲み過ぎてるよ、もう寝たほうがいいんじゃ?」というと「まだまだいける!」と豪語し始め、触ってた手を滑りこませて股間まで手を入れてきたのです。
私は「どこさわってるのよ!」と言いましたが、「減るもんちゃうしええやんけ」と掴み切って離さないのです。
それから叔父の「ええやんけ、ちょっとだけやから!」のしつこいセクハラと、私の「もう飲み過ぎやって、、こんなんしてるのバレたらいくらなんでも、、、」との攻防が続きました。
叔父も普段は悪い人ではないのですが、この時は相当量の酒を飲んだのかまるで別人のようでした。
すると叔父はすぐにスラックスのチャックに手をかけ、一瞬で下ろしてくると本気でチャックの中に手を入れて股間を掴んできたのです。
私は「あかんって!!もぅ!やめてって言ってるやん!」と言うのですが変なスイッチが入った叔父には効き目なし。
すると指をパンツの横から滑りこまして直接、触られてしまったのです。
私は「いや!」と言ったのですが、叫んだところで誰か親族に見つかる方が怖かったです。
私は「ここはあかんって、話し聞くから向こういこ!」となんとか叔父を立たせて人気のない神社の裏門まで移動したのです。
あとは適当なタイミングで話を切って、用事あるから!と逃げるだけ。そんなふうに考えていました。
すると叔父は職人特有の怪力で私を抱きかかえ、スラックスのホックが変形するような力でズボンの中に手を入れてきたのです。
そして到達したのがパンツの上だから不満だったのか、再度また手を入れ直して直接、性器に触れてきました。私は「なんでここまでらするんよぉ!」と泣きべそ状態になりましたが、叔父の「アニキかて俺の娘を触りたくってたやろが!そのお礼じゃ」の一言で意気消沈、、、。
この人、酔ってセクハラしてるんじゃなくて確実にレイプしにかかってるんだと思いました。
それから相手の体格差、腕力をみても一ミリたりとも逃げれる要素がないのです。腰に手を回され強引におへその下から手を突っ込まれて性器に指を入れられ、次第に私は抵抗する気力を失っていきました。
さらに自分のカラダが恨めしいのが叔父に敏感な箇所を集中的に触られた事で感じていた事です。そもそもクリトリスって胸とは違い、触ってる間に少しづつ気持ちよくなってくるといった性質のものではなく、触られた瞬間に気持ちいという脳波が嫌でも襲ってくるものです。
ただ自分の意思ではなく一方的にそこを触られた女の子は痴漢であれレイプであれ、不快感という名の快感をおしころして我慢したり嫌がって抵抗しているにすぎないと私は思ってます。
この時の私も精神的にはなぜ叔父なんかに!という嫌悪感でいっぱいでしたが、身体的な症状としては触られる事により敏感度が増して濡れていってました。叔父はそれをみて私も興奮していると勘違いし、「濡れてるじゃねぇか」などと言ってましたが、私は叔父を許した訳ではありません。
「もうやめてよぉ・・」と言いながら半ば諦めモードの私は叔父に抱えられ、なすがままにアソコをいじクリ回されていました。すると少しずつ「はっ・・はっ・・・」と声が出てきてしまい、叔父の「何もちんぽ入れさせろ言うてる訳ちゃうんやから、少しくらい我慢せぇ」の言葉を信じて、、入れられることはない、ただお父さんが叔父さんの娘にやらしい事したから、その仕返しをされてるだけなんだ、すぐ終わるんだ、と自分に言い聞かせました。
それから長時間、ずっと同じ体勢で立ったまま抱えられ、アソコを触られまくりました。指を中に入れられてからは衣服の中でクチュ、ヌチュ!といった音までし始めるようになったのです。そして叔父は私が仕上がってきたと思ったのでしょうか、「寒いわ、車行くぞ」と離れたパーキングに連れて行かれ、そして後部座席に連れ込まれたのです。
そして車の暖房をかけて温度は快適になりましたが、そこから本格的な叔父からの攻めが始まったのです。
叔父は「ちんぽは入れへんから!!」(だから大人しくしろ)と、嫌がる私を力でねじ伏せ、ズボンを脱がしていきました。そして強引にパンツを剥ぎ取られたあと、アソコを舐められてしまったのです。
そして舐められてるうちに本気の本気で感じ始める自分が嫌になって、「やるなら早くやって終わってよ!!」と、嫌悪感半分、本当に欲しい気持ち半分で叔父を怒鳴ったのです。すると叔父は「なんや、やらせてくれるんか?」と言い始めズボンを下ろし始めたのです。
そして私は泣きべそをかきながら叔父に足を広げられ、そして強引に入れられてしまいました。
入れられてからはもう、何かが吹っ切れたというか、結局、私みたいな育ちの悪い家柄に生まれたものの宿命みたいに自暴自棄になっていったと思います。
そして叔父は途中から「疲れたからフミが腰振れ」とポジションチェンジし、私が上に乗るような形となりました。そして「中で出さないでよね」と言い聞かせたあと、私は自らの意思で腰を振ってしまい、そして本気で感じた時の声を出してしまったのです。
結局、叔父は「出るわ。咥えてくれ」といってきたので私は叔父から離れ、、そして自分の愛液に濡れた叔父の生殖器を口に入れて射精させました。
終わった後、叔父は「悪かったな、つい酔ってたんや」と言い訳してきましたが、私は「絶対に秘密にしてね、親戚はもちろんのこと他の誰にも!」と言って車から逃げ出して祖母の家に帰りました。
それからは祖母も「遅かったな」と言ってきましたが、「コンビニ行っててん」と嘘をつき、そしてその日は帰りました。
結局、叔父からやられてしまったことは完全に黒歴史の中に封印され、叔父ともあれから何度か顔を合わしますが、ぎこちなく会話をするのは今でも続いています。
あの時、もっと抵抗して逃げていたら、と思うと今でも嫌な気持ちが沸き起こってしまいます。以上、叔父との体験でした。
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