第033話【優越感】
「あのババアのなんか見ていねえよ。だいたい、あんなの見てだれが喜ぶってなあ?」
その静寂を破ったのは、詰め寄られたオヤジのセリフでした。既に彼女の姿は旅館内にありませんでしたので、話がぶり返されることはなかったのですが、全く懲りないオヤジです。
「だよな。あんな年増母ちゃんのもの見たってな。」
「俺は、あのババーの体なんか覚えちゃいねえ。ははは。」
そのオヤジの言葉に他のオヤジも同調します。
「××さん。もう、いい加減にしてくださいよ。今日はこれで済んだけれど、変な噂でも立てられたらこっちが困るんですよ?」
宿の従業員がそう、女性に詰め寄られたオヤジに言います。どうやら、顔見知りのようです。
「なーに、あんなのがひとり二人来なくたって何も変わらねえって。だいたい、腐れババアの分際でだな…」
「そういうことでなくってね。俺が言いたいのはね…」
いい加減にやめてほしいという従業員と堅いこと言うなという客との押し問答が展開されています。
そういえばと思い、美樹の様子を伺ってみると、この押し問答をじっと見ていました。
恐らく、女性とオヤジの一件も見ていたに違いありません。
と、そこに、一人の小さいオヤジと言いますか、じいちゃん?が現れました。
しかも、こともあろうにその小さいじいちゃんは、美樹に向かってこう言い出したのでした。
「おねえさん。おっぱい大きいねえ。」
さすがに、これには俺も唖然としました。
本当に小さい無害そうな爺ちゃんがニコニコしながら尋常ではない声掛けを美樹にしたのですから。
「あ、ええ?」
これには美樹もたじろいでいます。
「おいおい、○○さん。やめろよ。」
他のオヤジのひとりがこのじいちゃんを止めようとします。
「なーに言っているんだい。お前だって、このねえちゃんのおっぱい見たろうが。お相手してみたいもんだって言っていたじゃないか。」
そう言って反論します。
「ちょっとちょっと、○さんもまじでやめてくれよー。いやあ、お客さん本当に申し訳ないです。このおじいちゃん、ちょっとね。」
このじいちゃんの台詞を聞いた従業員が二人の間に割って入り、爺ちゃんを遠ざけます。
美樹には、「このお爺ちゃんは、ちょっと変な人なのです。」と言わんばかりのジェスチャーをしながら、謝っています。
「あ、はい。大丈夫ですよ。」美樹は、従業員にそう答えましたが、やはり気にしたのだろうと思います。
席を立つと、飲み物を買いに自販機の前に来ました。
「あ、上がったんだね。」
ここで、俺が声をかけます。
「あ、ここにいたのですか。まだ上がっていないんだと思っていました。」
「うん。俺も、ここで美樹を待っていたら、さっきトラブルがあってね。美樹が出てきたのに気づかなかったよ。」
「トラブル?ああ。さっきの女の人?」
「うん。あ、美樹も見ていたんだ。」
「ええ、ちょうどお風呂から出てきた時に」
「そうかそうか。」
500円玉を入れた自販機が買うものを指定してくれとピカピカ光っています。
「ところで、何飲みますか?」
美樹が尋ねてきます。
「お!ご馳走してくれるの?じゃあ、そうだね。コーラにしようかな。」
「コーラですね。あたしは何にしようかな。」
まずは、コーラが先に商品搬出口にガランと落ちてきました。
続いて乳酸菌飲料が落ちてきます。
美樹はそれを取り出し、コーラを私に向けて差し出してきます。
笑顔で…「はい。コーラです。」
周囲のオヤジたちの視線を感じます。
(こいつが、この女の連れだったのか。)
まるでそう語っているような視線でした。私たち二人はフロントの方を向いて小上がり座敷の端の床に軽く腰をかけて座ります。
(そうだよ。お前らが相手にしたいだの、抱きたいだのと言っていたエロい身体をした女は俺の女なんだよ。)と、思わず口にしたくなるようなとてつもない優越感が体の中から込上がってきます。
それを言葉にしてしまわないように必死に抑える必要がある位のものです。
美樹に買って貰ったコーラを飲みながら、自分に羨望の視線を向けてくるオヤジ達に視線返しをします。
おおよその人は目線を外してしまいますが、それがまた私の優越感を上昇させるのです。
「そろそろ出ようか。」
コーラを半分程飲み終えて、それなりに喉を潤した私は、美樹にそう提案しました。
「そうですね。」
「あ、そうだ。今日はちょっとしたプレゼントがあるんだよね。車に行ったら渡すよ。」
「え、本当ですか?何だろう。」
そんなことを話しながら、フロントの前を通り旅館を出ていきます。
「有難うございました」と、従業員の方から声を掛けられたので、(どうもありがとう。)という意味を込めた会釈を一度して…背後には相変わらず皆からの視線を感じていました。
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