近所には、俺と同い年、または年が近い男子は数人いた。
でもたかこさんは、そいつらには手を出していないようだった。
当然のことながら、秘密厳守を約束させられた。
たかこさんの好みに俺が合致しただけかも。
たかこさんは俺をよく拘束した。
書いた通り、テーブルに四つん這い固定とか、立たせて両手首を天井から吊されたベルトで固定されるとか、色々やられた。
お尻の穴は、初めてされてからはとことんほじられた。
ベッドにやはり仰向け、大の字に拘束されて、お尻の穴にローターやらバイブ突っ込まれて放置。
射精するまで放置される。
当然自分の手は使えない、たかこさんも黙って見てるだけ。
目隠しされたこともあった。
俺はたかこさんの胸やあそこを触らせてもらったり、舐めさせてもらったりしたことはあった。
でもそれで俺が興奮してくると、必ず距離を取る。
まさに俺が気持ちいい、射精の瞬間を全体的に見るための距離だった。
フェラもそうだった。
何回かお願いし、フェラを初めてしてもらったときだ。
その気持ちよさに、たまらず早々と射精。
口に出してはいけないと、とっさに腰が引けた俺。
精子はたかこさんの顔に注がれた。
たかこさんは射精の瞬間を、全体的に見ることが出来なかったわけで、少しつまらなそうな顔をして言われた。
『ほらもう!出ちゃったじゃない』
出るときはきちんと言いなさいが、たかこさんの鉄則だった。
我慢に我慢を重ねなさいもそうだった。
我慢すると、俺は小刻みに震えながら、射精を我慢する。
その様子をたかこさんは、目を輝かせて見ていた。
拘束され、お尻の穴をほじられ、時々チンコをこすられ、または放置され、射精を我慢、我慢して、解放されたように射精するのを見るのが、たかこさんの性癖なんだと思う。
中三のとき、たかこさんは引っ越した。
引っ越し先を嘘ついたのは、おそらく俺に飽きたからだと思う。
声変わりもした。
チンコに毛もはえた。
身長もぐんと伸びた。
男くさくなった俺は、たかこさんの好みではなくなったのだろうと、今は思う。
おそらく、引っ越しした先でも、誰か可愛い男の子を物色していただろう。
たかこさんはその性癖のためか、ご近所の人にも勤め先は語っていなかった。
俺も当然知らないし、聞いても答えてもらえなかった記憶がある。
正確な年齢すら知らない。
当時母は40をちょっと過ぎたあたり。
それより少し下だとしか知らない。
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