パークハイアットで過ごした3日目に、
「なぜあのとき『もう大丈夫』になったの?」
と質問すると、武威は
「それを本当に知りたいか?」
と言いました。
そして少し考え、「他の話ならするが」と前置きして話し始めました。
あの日、歌舞伎町をふたりで歩いた意味。
徐武威は中国人社会だけでなく、歌舞伎町で生きる裏社会の男の間ではよく知られた存在だったそうです。
その武威が連れて歩く女、聞かれれば「俺の女」と堂々と言う女を連れて歩く。
周りに公認させることで、誰にも手出しさせない。
「俺はお前を『俺の女』と言うことに何もためらいがない」
武威は私に対して、なんの躊躇もない愛情を注いでくれていました。
そうして、何事もなく穏やかな日々が過ぎて行きました。
武威は歌舞伎町から無断で出ることを固く禁じられていました。
だから私たちは、歌舞伎町か、ボスが抑えたホテルで会うことが多かったけど、時々武威は私の家に突然くることがありました。
「大丈夫なの?」
と聞くと
「大丈夫じゃないが大丈夫」
と笑って答えていました。
それでも、3日後に会って服を脱ぐと、背中や太ももに黒くなるほどの打ったような痣がありました。
「俺のボスは厳しいよ」
そう言って武威は笑っていたけど、その痣に触れると顔を歪めていました。
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