前回の続きです。
30年ぶりに体を交えた後、私と真由美はお互いに全裸のままで、ベッドの上で向かい合ってコップに入れたサイダーを飲みながら、タバコを吸っていたのです。
私も真由美もベッドの上でアグラを掻いて座っていたのですが、彼女が私の目の前で恥ずかしがる事もなく、男性のように堂々とアグラを掻いたのを初めて目にした時の私は最初、そんな真由美の姿にちょっと驚いたと言うか、正直、少なからず、違和感を覚えたのでした。
30年前、まだ20代だった時の真由美は日常生活においても私とセックスした後もアグラを掻いた事など一度もなくて、いかにも若い女の子という感じだったのですが、そんな彼女も今は50代の熟女。
やはり30年も経って、若い女性から熟女になると、変わるもんなんだな…と思った私だったのです。
そんな私の気落ちを察したのか、真由美は自分の方から
「厚典さん、あたしがこないして、アグラ掻いてるの見るの、初めてやね…」
と言ったのでした。
「あっ… ああ… そうだな… 君がアグラを掻いてるの、初めて見たよ…」
真由美に唐突にそう言われた私はややうろたえながら、答えたのです。
「あたしがアグラ掻いてるの、男みたいで嫌…?」
続けて、真由美はそう訊いて来て、私は
「いや… 別に嫌じゃないよ… 女だからってアグラを掻いたらいけないなんて事はないし…」
と言ったのでした。
「そう… あたし、若い頃と違(ちご)て、おばちゃんになった今はこないして堂々とアグラを掻くようになって、タバコも吸うようになって… 昔のあたしを知ってる厚典さんに嫌われるんやないか?思て…」
そう言った真由美の表情は少しばかり後ろめたさを感じさせる曇りがちのものでしたが、私が
「確かに昔、若い頃の君のイメージからは想像できなかったけど、でも、君ももうおれと同じで50代なんだから、アグラを掻いたりタバコを吸ったりしてもおかしくないよ… むしろ、若い頃にはなかった熟年女性としての魅力が感じられるし… おれはそうしてアグラを掻いてタバコを吸ってる真由美の事、好きだよ…」
と正直な気持ちを口にすると、彼女は
「ほんま…? ああ… そない言うてくれはると、嬉しいわ…」
と照れ笑いを浮かべて答えたのです。
確かにその時のアグラを掻いてタバコを吸っていた真由美の姿には若い頃、20代の時には感じられなかった50代の女性、熟女としての魅力が具わっていて、私の目にはそんな彼女がすごく魅力的な女性として映っていたのでした。
タバコを吸い終えてサイダーを飲み干した後、私と真由美は二人で一緒に浴室へと赴き、ボディーソープを使用してシャワーを浴びて、お互いの体に付着した汗と精液、愛液を洗い流したのです。
シャワーを浴びて浴室を出て部屋に戻ると、私と真由美はお互いにセックスする前に脱ぎ捨てた下着と衣服を身に着けたのでした。
全裸の姿から元の姿、日常生活の装いに戻った私と真由美は時刻が夕方の5時半を過ぎていたので、買い物と食事をする為、外出する事にしたのです。
無論、私はその夜は真由美の部屋に泊まる事になっていて、荷物は彼女の部屋に置いて出掛けたのでした。
二人で近所のスーパーに入って、私は真由美の買い物に付き添う形になったのですが、考えてみれば、その街でそういう事をするのは私たちにとっては初めての経験だったのです。
30年位前に私と真由美が恋人同士として交際していた時、その街を離れ、遠方へ出掛けた時以外には彼女の両親と妹を始めとする地域の宗教団体の人たちに自分たちが付き合っている事がバレないように、いつも人目を忍んで主に私の部屋で二人きりで会っていたわけなのですから。
その頃はお互いに若かったから、私も真由美も人目をすごく気にしていたのですが、50代になった今はもう昔のようにそういう事にはあまり気に掛けなくなっていたのでした。
もし街中で私と真由美が二人でいる時、その当時の知っている人に出会ったら、多少は面映ゆい気持ちになるかもしれませんが、昔ほどには気にする事はないと思います。
買い物を終えてスーパーを出た私と真由美はその後、ファミレスで食事をする事にして、目的地へと向かって並んで歩いて行ったのです。
「ねえ… あたしら、他人の目にどないな関係に映ってるやろか…?」
歩きながら、真由美は私の方に目を向けて、急にそう言ったのでした。
「どうかなぁ…?」
真由美の唐突な発言に不意を突かれた私はそう言った後、しばらく間をおいて、
「もしかすると、夫婦に見られるんじゃないのかな…?」
と答えたのです。
「夫婦か… そうかもしれへんね…」
私の返答に真由美はつぶやくようにそう言ったのでした。
「おれたちの年齢の男女がこうして二人で歩いてたら、夫婦に見られる事が多いんじゃないか…?」
真由美の顔を覗き込むようにして、私がそう言うと、
「そやね… あたしらの年齢やったら、大概、夫婦や思われるやろね…」
と言って、彼女特有の色っぽい眼差しを私に向けた真由美だったのです。
私と真由美はファミレスに辿り着くまで途中、何組かのカップルや家族連れ、若い恋人同士と思われる男女や夫婦、自分たちと同年代に見えた夫婦と擦れ違ったのでした。
10代の終わりか20代の初めだと思しき若いカップルもいれば、まだ小学生くらいの子どもを連れた20代か30代のような夫婦もいて、高校生か大学生くらいの子どもと一緒に歩いている40代か50代らしき夫婦も。
それら何組かのカップルを目にした私は30年前、真由美と別れず、あのままずっと交際していたら、今頃は自分たちも夫婦として暮らしていて、私たち二人の間には子どもがいたのかもしれないな…と思ったのです。
「厚典さん…」
真由美は再び急に私に言葉を掛けたのでした。
「なんだい…?」
私が答えると、真由美は
「もう昔の事はあんまり言いとうないけど…」
と前置きした後、
「もし30年前、あたしらがあのままずっと付き合うてたら、今頃、あなたとあたしも夫婦になってて、子どもがいたかもしれへんね…」
と言ったのです。
真由美も私と同じ事を思っていたのにはちょっと驚きましたが、私は
「そうだな…」
と言って、一呼吸入れた後、
「もしそうしてたら、今頃、おれと君は夫婦としてこうして一緒に歩いてて、おれたち二人の間には大きな子どもがいたかもしれないな…? もしかしたら、おれたち、もうおじいちゃんとおばあちゃんになってたかも…?」
と答えたのでした。
私がそう言うと、真由美は
「ああ… そんな… いやや… おじいちゃんとおばあちゃんやなんて… まだそない言われとうないわ…」
と苦笑いを浮かべて言ったのです。
「ああ… ごめん… 気に障ったら、すまない…」
と私が言うと、真由美はクスッと笑って、
「別に謝らんでもええわ… 厚典さん、昔とおんなじで真面目で優しい男性(ひと)なんやね…」
と言って、50代の女性のものとは思えない少女のような愛らしい笑顔を見せたのでした。
真由美の笑顔に釣られて、私も思わず、笑みを浮かべてしまったのですが、この時の彼女の笑顔は若い頃のそれと変わらず、本当に可愛らしいものだったのです。
そうして、私と真由美はしばらく歩いてファミレスに到着し、店内に入ったのでした。。
私と真由美が一緒に外食するのは30年前のちょうど同じ時期、GWの連休を利用して二人で名古屋へ1泊2日の旅行をした時以来の事だったのです。
30年前、名古屋へ旅行したのは5月4、5日で、奇しくも30年ぶりに再会したその日も5月4日なのでした。
「君とこうして外で一緒に食事をするのは30年前、二人で名古屋へ旅行した時以来だな…」
私が30年前の事を思い出して感慨深くそう言うと、真由美は
「そやね… あれからもう30年も経つんやね…」
と私と同じように感慨深そうな表情をして言ったのです。
「ほんとに偶然だけど、あの時、名古屋へ行った日、1日目も今日と同じ5月4日だったな…」
「ほんまや… こんな偶然もあるんやね…」
お互いに30年前、旅行へ出掛けた日をちゃんと憶えていた私と真由美。
それからちょうど30年後の同じ日、5月4日に再び巡り合った事に私も真由美も運命的なものを感じていたのでした。
「ところで、今は信仰の方はどうしてる…?」
私が自分と同じ宗教団体の信者の真由美へ信仰に関する質問をすると、彼女は
「今もやってるけど、もう昔みたいに積極的にはしてへん… 会合へは行ったり行かへんかったりやね… 厚典さんは今もやってはるの…?」
と言ったので、私は
「おれも今はあんまりやってない… 誘われたら、会合に出る程度だな…」
と答えたのです。
「そう… あたしら、おんなじなんや…」
「おれたち、信仰に関しては似た者同士なんだな…」
と言い合って、お互いに微笑を浮かべた真由美と私なのでした。
お互いに今は昔のように信仰に熱心ではなくなっているとは言え、私と真由美が出会ったきっかけは紛れもなく、二人とも同じ宗教団体の信者だった事で、私たちが男と女として愛し合うようになったのは宗教、信仰が齎した縁と言うべきものによるのです。
私が真由美の事で今でも忘れられないのはやはり32年前の秋、宗教団体が主催した文化祭のリハーサルで日本舞踊を舞っていた彼女の麗しい姿なのでした。
一人の女性にあんなにまで強く心を惹かれた経験は58年間の人生の中で、後にも先にもあの時の1回きりで、あれから私は真由美に恋愛感情を抱くようになったわけなのです。
食事を済ませた後、二人ともコーヒーを飲みながら、タバコを吸っていた時に(私たちは喫煙席に座っていたのです)、私は久しぶりに真由美へその時の事を話したのでした。
「そやったね… 厚典さん、あたしにあの時の事、文化祭のリハーサルの事、言わはってたのよう憶えてるわ…」
30年ぶりに私からその時の事を言われた真由美は少しはにかんだ表情で照れ笑いを浮かべながら、そう言ったのです。
「文化祭、もう32年も前になるんやね… あの時、あたし、まだ21で、まだかなり子どもっぽかった思うわ… 今はこないおばちゃんになってもうたけど…」
真由美がそう言った後、私は
「君はあの頃と変わらず、今でも素敵だよ… あの頃はまだ子どもっぽいとこがあったけど、今はあの頃にはなかった大人の女の魅力があるし… すごく素敵だ…」
と愛する女性の顔をじっと見つめて、言ったのでした。
「そう… そない言われると、嬉しいわ… あなたもあの頃と変わってへん… 真面目で優しゅうて純なとこ、昔のまんまや… あなたも今でもめっちゃ素敵やわ…」
私と同様、真由美も私の顔をじっと見つめて、そう言ったのです。
お互いの顔をじっと見つめて、自分たち二人が堅い愛の絆で結ばれている事を感じ合った私と真由美…
その日、私と真由美が30年ぶりに再会した事は運命的なものだと思った私だったのでした。
食事を終え、ファミレスを出た私と真由美は帰宅する為、彼女が住んでいるマンションのある方を目指して、元来た道を並んで歩いたのです。
スーパーを出てファミレスに着くまではずっと真由美が買い物袋を持って歩いていたので、今度は帰路に就くまでは私が買い物袋を持つ事にしたのでした。
「悪いわね… 買い物したもん、持ってもろて…」
真由美にそう言われた私は
「いいよ… 今夜、泊めてもらうんだから… これくらいの事して当然だよ…」
と言って、愛しい女性の方へ顔を向けると、彼女は
「ほんま優しいんやね… 厚典さん…」
と言って、喜びを湛えた色っぽい目で私を見つめて、微笑んだのです。
「真由美ぃ…」
「何…?」
私が急に声を掛けたので、真由美は私の顔を覗き込むようにして見つめ、問うたのでした。
「こうして君と二人で歩いてると… おれたち、なんだかほんとの夫婦のような気がして来るよ…」
少し照れながら、私がそう言うと、真由美は私の唐突な発言に最初はちょっとうろたえた様子を見せてうつむき、
「あっ… ああ…」
と言葉を詰まらせたのです。
その後、真由美は
「あ… あたしも… あたしもそんな気がしてる…」
と私と同じように、照れた様子で答えたのでした。
それからしばらくして、私が
「おれはもう… おれはもうおれたち二人は夫婦だと思ってる… おれと真由美は夫婦だと…」
と言うと、真由美は
「あ… あたしももう… もうあたしら二人、夫婦や思てる… あなたはあたしの旦那さんで、あたしはあなたの奥さんやって…」
と言ったのです。
歩きながら、私たち二人は見つめ合うと、真由美の頬はほんのりと赤くなっていて、私も自分の顔が火照っているのがわかりました。
人通りがほとんどいない所まで来ると、私は左手で真由美の左肩を掴んで自分の方に抱き寄せて、彼女はなんのためらいもなく私に体を預けて右腕を私の体に回したのです。
「こんなとこでこないして体くっ付けて歩くん、なんやちょっと恥ずかしい言うか、照れるわ…」
真由美は恥ずかしそうな様子で私にそう言ったのですが、その声は嬉しそうなものでした。
「おれもちょっと照れるけど… でも、おれたち、夫婦なんだし…」
私も少しばかり恥ずかしい気持ちはありましたが、真由美と二人で“夫婦として”体を寄せ合って歩いている事に大きな喜びを感じていて、そう言ったのです。
「そ… そやね… あたしら、夫婦なんやから…」
真由美は私の夫婦発言に同意して、そう答えたのですが、彼女も私と同様、大きな喜びを感じているのが声のトーンでよくわかりました。
そうして、私と真由美は夫婦として歩き続け、目的地へと向かったのです。
やがてマンションに到着して、私と真由美は彼女の部屋に戻ったのでした。
続く。
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