さとるさん
たとえ主人と一緒でも、まだ銭湯に行く気にはなれません。
一人で行くに比べると、男湯からの主人の目があるだけに、番台の男の人から見られ放題にはならないでしょうが…
長く行きつけだった銭湯の優しいオジサンに対してさえ、信頼して裸を晒せないのです。
ましてや、他の銭湯なんてとても…
明日は、高校時代に付き合っていて、子どもまで宿していた恋人の命日です。
交通事故死で、享年二十九歳でした。
妊娠が分かったとき私は高校2年でしたが、中退して結婚し、彼の実家の家業を手伝おうと心に決めました。
彼のご両親は、私を将来のお嫁さんとして可愛がってくれていました。
育ててくれていた親戚の家にいるより、彼の実家で食事を一緒に摂るときの方が、ずっと家庭的な気分に浸れました。
それだけに、ご両親と一緒に警察の霊安室で彼の遺体と対面した直後、私は精神的に変調をきたしてしまい、それが数日後の切迫流産を引き起こしました。
大学病院の医師によると、母体をも危うくするような切迫流産だったとのことで、応急処置により私は二度と妊娠できない身体になってしましました。
夫となるはずだった人も、二人の間の子どもも、三人で築くことを夢見ていた家庭も全て失った私は、二人の後を追って死ぬことばかり考えていました。
私に生きる希望を与えてくれたのは、流産後に通っていた高校に掛け合ってくださった地元の産婦人科の老先生による励ましと、一番仲の良かったクラスメートが療養中の私に差し入れてくれた英語の経済書でした。
老先生とは今でもお付き合いがあり、年末にはご機嫌伺いしようかと計画しています。
クラスメートは地元の国立大学で経済学を教えていた先生の娘さんで、なぜか英語と政治経済の成績だけは良かった私に、退屈しのぎにとお父様の書斎から英語の専門書を届けてくれたのでした。
書物のタイトルは「Capitalism and Freedom(資本主義と自由)」で、著者はシカゴ学派の泰斗でノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマンです。
私はPreface(序論)を数ページ読んだだけで、呪縛されてしまいました。
そして、経済学を大学で本格的に勉強したいという希望が生まれ、その希望が私を救ってくれました。
この書物との出会いがなければ、私は享年十七歳で人生を終えていたかもしれません。
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