18歳から風俗覚えて個室マッサージ通い、22歳から27歳まではCR大連チャンパチンコ花満開で大爆発の時は、
無類の美女とのまったりトルコでマット遊び好きが興じて川崎最高級の琥珀 たしか当時130分の130K まで1度は体験した身ですが。まあ社食200円で昼夜とも過ごして、給料とボーナスほぼ突っ込んで、いつもジャケットに着替えて新しいパンツで身綺麗にして通ってました。
ところがパチンコ大負け連続でトルコに行けるはずも無く残金3Kでトボトボ帰りにふと立ち寄ったストリップ本番小屋で
小汚いスケベオヤジ達が舞台でヤルのを「コイツら貧乏人ども、よくもまあ人前の舞台で恥ずかしくもなく、黄ばみパンツからイカ臭いチンポ晒してようヤルよなあ」と小馬鹿にして見てたところ、ラスト間近でほぼ客は帰り外人登場し(当然 ジャンケンない)、トルコ行くはずだった如意棒は溜まってて爆発したくてうずうずなので、だれも見てないからチャンスとばかり「この外人姉ちゃんと一発抜くかあ、エイヤー」と舞台に上がったのが初めてのまな板挑戦で、溜まってたから3分余りで発射。
それからはもう負ける度に小屋通い(上客だったトルコも金なくドタキャン続きで出禁に)、すっかりまな板やるのに抵抗無くなって。
もう1-2ヶ月後には早朝割引入場でラストまで粘るようになり、まな板常連オヤジに仲間入りどころか、いつのまにか まな板チャンピオン直近のまな板ランカー入りで、すっかり身なりも油や汗まみれで汚い作業着かボロTシャツで風呂も無く、
1ヶ月以上穿いたままの黄ばんで精子まみれのイカ臭いパンツに汗臭ーい靴下で平気で舞台に上がるようになり、まさに外人ダンサーからホンベーロ呼ばわりも早かった。
もう高級トルコで美女とまったり長時間どころか、27歳からは場末小屋のタダの舞台でサービスのいい女と何発もヤルまな板が病みつきになってあちこちの小屋荒らしに、まさに一発130K → 1 K 狙いの板一筋への進化(27歳から本番まな板絶滅の43歳まで17年間)でした w
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