~ 続き ~
私と彼女は抱き合ったまま、息を止め硬直する。一気に我に帰る…。何かが床に落ちた音だったのだろうか?また静けさが戻った。しかし、今この場でこれ以上の行為は無理だと悟った。おそらく彼女も。
私は彼女を静かに抱き起こすと、腰まで垂れたワンピースをたくし上げた。彼女は後ろを向き、無言でブラを着け、身なりを整える。
無言の間が怖かった。彼女は後悔してないだろうか?途中までとはいえ、初対面の男と行きずりに淫らな行為をしたことを…。
彼女が振り返った。そして私の手を軽く握り、『焦った~』と囁き笑ってみせた。それを見て、私はホッとした。
時計を見た。すでに午前3時をまわっている。疲労感と眠気がどっと押し寄せた。私たちは寝ることにした…。
ーアナウンスの声で先に目覚めたのは私の方だった。車内はすでに明るい。横に目をやると、彼女は私の肩にもたれ掛かり、まだ寝息を立てている。私はたまらなくなり、彼女の頭にキスをした。もぞもぞっと彼女も目を覚ました。『あっ』という顔をし、パッと私の肩から離れた。照れくさそうだ。
「あと10分くらいですよ」
私がそう言うと少し慌てた様子で身支度を始める。私も自分の席に戻り荷物をまとめた。
『これで彼女とさよならなのか…』
私は動揺した。いや、これでお別れとはあまりに酷だ。何とか次に繋げたい。彼女に目をやると、支度を終えてちょこんと座っている。私はぐっと体を乗り出し、「あの、降りたらちょっと話せますか?」と言った。
「え?あ、うん」
と屈託なく答える。夜中の印象とは違い、私より一回りも上の彼女が子どもっぽくも見え、それがまた愛しく思えた。
バスが止まった。バスから降りると、すでに慌ただしく動き始めている都会の光景が目に入り、いやでも現実を痛感させられる。そんな思いに耽っていると、彼女がYシャツの袖を引っ張り、「どうしよー?」と聞いてきた。
「あ…そうですね‥」
「この時間じゃまだどこもやってないよね」
「ですよね」
「ねぇ、なんの話ー?」
相変わらず無邪気な子どもの感じだ。
「…いやぁ、また会いたいから。会議は今日だけだし、こっちにいる間また会えるかな…て」
私の言葉を聞き終えると、彼女は小さな手提げバッグから何かを渡してきた。
「これ、わたしのお店」
『あ…』とその名刺を受け取る。S区○○□□と書いてある。本社からさほど遠くない。携帯番号もある。
「仕事が終わったら来て?多分迷うことはないと思うけど、迷ったら電話して?笑」
「あ、はい笑 やった笑」
私はクリスマスプレゼントをもらった子どものような心境だった。
それから少しだけ話し、「じゃあ、また」「うん」と言って別れた。
会議中も、頭の中は彼女で一杯だった。いつもの会議では自ら挙手をし、積極性をアピールしているのだが、その日私が発言することはなかった。統括部長には、「お前昨日飲みすぎたか?それとも女のことでも考えてたのか?」と嫌味を言われた。苦笑いするしかなかった。
会議が終わると、逃げるように社を抜け、予約しておいたビジネスホテルに向かいチェックインを済ませた。シャワーを浴び再びスーツに袖を通したときにはすでに窓の外は暗くなっていた。
「よし、行くか」
私はホテルを出た。電車に乗り、3駅目で降りる。少し歩くと、小さな呑み屋が数件軒を連ねているのが目に入った。
『多分この辺だな』と辺りをキョロキョロ見渡し歩いていると、その看板が目に止まった。財布の中から名刺を出す。
『ここだ。彼女の店だ』
私は胸が高鳴るのを感じた。
~ 続く ~
※元投稿はこちら >>