皆様お読み頂きありがとうございます!
続けます。
夏の大阪西成、一泊2000円のホテル。その2畳ほどの和室で、畳の上にひいたままの布団に寝っ転がり、僕は、なぜ自分がこんなにもクズなのだろうと考えていた。
僕は幼少の頃に虐待を経験したわけでもないし、学校でいじめにあったわけでもない。ただただ学校に行くのも嫌、定職につくのも嫌なだけだ。理由などない。ただただナマケモノなクズなだけである。
そんな自分の、その気持ちを確かめるように、ホテルの天井を目に入れ、ボーッとしていた。
夕方になれば、西成の街を歩く。ドヤ街と言われる街の激安スーパー、スーパー玉出で半額弁当とお惣菜を買い、ぶらぶらと周辺を散歩して、野良猫をみつけては撫でてた。そうだ、大阪ではじめて銭湯を体験した。熱い風呂に入るとグッスリ眠れた。
クズな自分。
それでも、僕はちゃんとこうして生きている。
そう思うと自分を卑下せずにすんだ。
それで、週末金曜日を迎えた。
森富○アナ似のアラフォー人妻さんと、お酒を飲みにいく約束をした僕は、天王寺駅にいた。
『天王寺でブラブラして飲もかー。』
人妻さんのお誘いにワクワクしていたが、お酒を飲んだことない手前、はじめてのお酒に緊張感もあった。
父親も母親もお酒を飲める人だった。お酒を飲んで帰って来ると、上機嫌でお小遣いをくれた父親。夕飯に白米の変わりにビールを飲んでいた母親。子供の頃の思い出が頭に浮かんでいた。
天王寺駅直結のショッピングモール入口前で待つ僕。天王寺駅は大阪市と堺市、奈良市をつなぐハブ駅だから、人が多かった。時刻は17時を超えている。この駅を歩く皆がどこかに飲みに行くのだろう。駅でこうして誰かを待つ自分が、社会の仲間入りを果たした気がしていた。
「待ったー?ごめーん。」
二の腕を触られ、その言葉を耳に入れると隣に人妻さんがたっていた。
耳たぶにつけたアクセサリーが大きく、はじめて難波駅で会ったときと同じく、くるぶしまでの白いパンツに、緑色のシャツを着ていた。
「大丈夫です。」
と言った僕の手を握る人妻さん。
「あー!かっこよくなったやん。シュッとしてみえるわ。」
H&Mで買った服。人妻さんは褒めてくれた。
シュッと、という言葉は大阪で何度か聞いた。意味は、さわやかとか小綺麗とかそんな意味だと思う。
(間違っていたらごめんなさい)
40代の人妻と、20代の男が手をつないで歩く。周囲は意外と目を向けないものだ。
僕らは、人妻さんが行きたいという大きなショッピングモール内を歩き、色々な店をまわった。
「ほしいもん全部買えたわ、ありがとう」
人妻さんがそう言う。笑顔、すごく可愛らしかった。
それで、地下街の飲み屋さんに向かう。魚介類が美味しく人気の居酒屋さん。
カウンターに通され、横並びに座ると、生中を注文。はじめてのお酒、はじめてのビールだった。
「大丈夫?無理したらあかんで」
そう人妻さんの気遣いがありながらも乾杯。
夏の街を歩いた身体に冷たいビールが流れこむ。
あれ?おいしい。
初ビールの感想だった。
「美味しい!」
という僕に、人妻さんも喜んでいた。
「そうやろ?な?美味しいやろー」
そんな会話をしていた。
ビールにお刺身やアジフライ、ポテトサラダなどを食べた。
2杯目のビール。
「なにしてるん?」
人妻さんが聞いてきた。
大学生ではないとバレた手前、僕は理由を探していたが、西成のホテル、2畳の畳の上で探した言葉はでてこなかった。
「んー、何もしてないです。いま。」
とだけ答えた僕。
「なんっでもできるで、いま!」
「なんっでも!」
と力説する人妻さん。
「20代ってな、なんっでもできるから、チャレンジしたほうがいい。」
「30代、40代、どんどんやれることがなくなってくるから。」
ビールを飲みながらそう言っていた人妻さんが、僕に火をつけるためか必死にオーバーに身体を動かして力説していたのを覚えている。
「ワイン飲も、ワイン。」
居酒屋をでて、ちょっとふらふらと歩く人妻さんと僕。
僕の手をひく人妻さんは、行ったことのあるというワインの飲める店へと、地上に向かっていく。
うまく覚えていないけど、立ち飲み屋のような店だった。
はじめてワイングラスを手にした。
「はじめてなら白にしとき、白」
と店員さんに言われ、白ワインを飲んだ。
甘かった。
ジュースのように甘く感じたワインを飲んだ。
しかし、何をしゃべったか覚えていない…。
記憶は天王寺駅周辺、たしかマクドナルドの路地裏で、人妻さんと抱き合いキスをした場面を思い出す。ちょっと足をのばし、僕に抱きつく人妻さんに押し倒されんばかりにキスをされた。舌を絡め唾液なのかお酒なのかわからない液体が絡みつく。
記憶が飛ぶ。
天王寺駅の改札で、人妻さんが手を振っている場面。人妻さんを送りとどけた後、僕はふらふらと歩く、いや歩けていなかったと思う。
夕方にあれだけ人が沢山いた構内。人がまばらだった。まだシャッターの降りていなかった地下街をふらふらと歩いた記憶。ぼんやりとそんな記憶がある。
高速バスがとまる場所、天王寺の公園の片隅で僕は倒れ込んでいた。
坂を下れば西成だったが、力尽きたのだろう。はじめてのお酒、はじめてのワインは僕の意識を奪った。
それで、夏の日差しが熱くて目を覚ました。気づくと顔の周りにゲロが…、服にもゲロが…。
スマホが転がっていた。
(ああ、なんだこれ)
はじめて酔っ払った。はじめて記憶をなくした。というか人間はすごいなと思った。記憶はないがこうして意識がもどっている。
頭が痛い、痛いというより重かった。
財布!と思い、ポケットに手を入れると、財布はあった。
(良かった…)
なんとか立ち上がり公園内のトイレに向かい、顔や服を水で洗い流した。
トイレ近くの自販機に向かいに、財布を開くと、ない…
え?
ない。お札がすべてなかった。
え?え?ってなった。
居酒屋、ワインの店のお会計は、人妻さんがクレジットカードで支払ってくれてたのを覚えている。
横浜に帰るために残しておいた2万円と数千円があったはず。
根こそぎなくなっていた。
スマホを開けば、人妻さんからラインが何通も何通も届いていた。
『大丈夫?大丈夫?』
改札で手を振っていた際も、
「大丈夫?気をつけや!」
と言っていた人妻さん。
僕は人妻さんに、大丈夫です。と返信すると絶望を味わっていた。
スリにあったのだろう。
怖くなった。
僕が泥酔して、公園の片隅でゲロを吐きながら倒れこむ。
そこへ誰かがやってくる。
そう、たしか記憶に残っている。
肩をなんどか叩かれた。大きな分厚い手だった。
財布自体を盗めば、あしがついてしまうと考えたのかも知れない。お札だけがなくなっていた。
弱肉強食の社会。
自分の不注意でもある。
僕ははじめての性体験を思い出していた。
横浜駅のビルの片隅で酔っ払った女性との体験。人はお酒で日常の世界線を越えることができるのかもしれない。
泥酔して見知らぬ女性に痴漢とかしなかっただけでもマシかもしれない。そう思い、怖くなったこと、と、これからどうすればいいか悩んだ。
西成のホテルにもどった。シャワーを借りてから部屋に入り、僕はスリ被害、その後、などをスマホで検索していた。
もちろん警察に被害届けを出すべきかもしれない。
ただ住所不定の無職である自分のほうが不審者ではないかと、感じてしまい、警察にはいかなかった。
明日一泊すれば、ホテルをでなければいけない。
僕は2畳の畳に、財布に残っていた400円ほどの小銭を投げ出して、汗で湿った布団に寝っ転がっていた。
終わった。
そう思った。
これで終わり。
ゼロになった。
実家で引きこもりをしていた。たまに引っ越しバイトをするマイルド引きこもりだった。なぜ頑張らなかったか?
それはゼロではなかったからだろう。
住居がある、母親が作るご飯がある、自分の趣味であるゲームをする余裕がある。
ゼロではない生活に満足していたのだろう。頑張る必要がなかった。
実家を追い出され、ホームレスになってからも僕はなんだかんだ生きていた。ちゃんと生きていた。そのゼロではない生活に慣れてしまっていたのだろう、当たり前になっていたのだろう。
ゼロになった。
ゼロになり、絶望と向き合ったことで、なぜか僕は生きることに頑張ろうと思えていた。
僕は、スマホを開き、ラインで、建築業のおじさんにメッセージを送った。
「まだ大阪にいます。働きたいです。何か仕事もらえませんか?」
おじさんからはすぐに返信があった。
おじさんに事情を話、おじさんが給与を前借りをしてくれたおかげでホテル滞在が伸び、飯を食べ、働く事ができた。
その後、
僕はおじさんのもとで、2週間ばかりバイトをさせてもらった。
その間、ハローワークや求人サイトで仕事を探し、自動車会社の工場で住み込みで働く、期間工の面接を受けた。
面接は合格だった。
僕は大阪からバスでゆられ、某地方都市の自動車会社工場に配属された。
JR大阪駅からバスが出発し、窓を流れていく大阪の街並みが忘れられないでいる。
あの人妻さんとはラインをなんどかし、自然に話が止まったままだ。
そしていま。
工場の寮とは言え、僕は自宅を持つことができた。
3年目を迎えた仕事は、新型感染ウイルスのおかげで先行きが不透明になっている。 解雇にはなっていないのでまだ自宅を失う状況ではない。
またホームレスになれば、僕は横浜に向かうか、大阪に向かうだろう。
どちらに向かうかはいまはわからない。
僕はホームレスになって、色々な経験をしたことで、自分と向き合うことができた。
今はただ、ただ、「一生懸命に生きていこう」、そう思っている。
完
長くお読み頂きありがとうございました!
性体験を通して3年前を振り返りました。
いまは新型コロナのおかげで仕事がどうなるか、不透明な状況です。クズな自分ですが、あの頃を思い出して、これからも頑張ろうと思います。
皆様もお身体ご自愛ください。
ヒシカタ。
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