2016/09/29 13:02:42
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それからシャリーは俺に2日に1回のペースで営業電話をしてきた。
といっても、キャバクラ嬢が、あからさまに口うまく営利目的の電話をしてくるような、ヨコシマなものではなく、ただ彼女の場合は、ただ純粋、ただ必死。そんな追い込まれての電話のような雰囲気を持ち合わせていたので、俺も妙に情が沸いてしまい、なんとかしてあげたいが、なんともできない。というのが実際のとこだった。
そんな電話をしている間に、俺のほうから「実は英語は少し話せるんだよ」と切り出すと、彼女は一気に安心感がでたせいか、それから俺たちは地元の事、趣味の話、国の文化について、今の日本での暮らしについてなどを話し合った。
その頃に、俺がシャリーがブラック企業に勤めているのだ。とわかった。
ハガキを書いたあの日から、数ヶ月が経過し、ずっとシャリーと毎日のように連絡をしていたことから、俺もなまじ彼女に情が沸いてきてしまったので、なんとかこのシャリーをブラック企業から救って上げたいという気持ちになり、その会社の黒い面を批判したりしたのだが、彼女は「アメリカでは有名な企業だから、そんなことはない」 「同僚も、先輩も、みんな私を応援してくれている」 と言い張り、むしろ批判してくる俺が悪者みたいになる雰囲気もあった。
そこで俺も、「せっかく、キミの為に言ってあげてるのに。。。」という心遣いを否定されてしまったからか、情というものは、また別の感情になり、(なら、どこまで出来るのか、試してやろうじゃないかw) という可愛さあまって憎さ100倍というのか、あくどい気持ちになってきたのもこの頃だった。
完全歩合制。このシステムをなぜ選ぶ者がいるのか、 俺にはまったく理解できないが、おそらくシャリーの周辺では、80万円のコースを契約させて、1回で20万近い報奨を得ているヤツがいるんだろう。きっとシャリーも、そいつや、会社に体よく騙されて踊らされているのだと確信した。
そして、もうかれこれ何度目か、4度目くらいになるシャリーと会ってからの話。その時に俺は、(ちょっとエサを振る舞いて、食いつくかどうか試してやろうw)という意図のもと、彼女と会ったのだった。
このエサというのは、マクラ営業の事の他ならない。
相変わらず俺は浦和駅で彼女と待ち合わせし、まるで擬似デートのように二人で浦和の周辺を歩いていった。そして俺は彼女に、「英会話スクールの話、いまかなり前向きに考えている」という言葉を切り出し、、
「ただし、日本では契約がとれたらすぐサヨウナラ」というのが多いから、俺は英会話スクールに契約しても、シャリーとは連絡をとっていきたい。」と、口うまくエサを放り投げたのだった。
無論、彼女は「うん。もちろん」と笑顔で言ってくるのだった。そしてさらに俺は、「アメリカではどうかしらないけど、日本ではこういう風習があるの知ってる?」と切り出した。
その風習というのは、俺が考えついたまったくのデタラメであり、以下のものだった。 シャリーに話たそのまんまのセリフで記述します。
「むかし、日本には戦国時代っていうのがあったのを知っている? この時の男女は、いつ結婚しても、翌日には夫が戦争にいって死ぬかも知れない。っていう時代だった。 そこで結婚して、初夜を迎えてしまった男女のうち、戦争ですぐに夫が戦死したら、妻はその日から未亡人になり、処女ではなくなるわけだ。 となると、妻は再婚も難しくなるし、悲しみも深くなる。
そこで、結婚、つまり重要な契約がある場合もそうなんだけど、初夜を迎えるのは戦争が終わって、ちゃんと生きて帰ってきてから。 というルールが生まれたんだ。 その変わり、夫は妻に髪の毛の一部と、下着を、、っていうか、まー。当時でいう、下に巻いてた布っていうのかな。 そういうのをもって戦地にいったそうだんだ。
しかし、それがどう現代に伝わったのか、男女がともになにか重要な約束をするとき、お互いを知るっていう意味で、とりあえず一晩、一緒に過ごすんだって。 もちろんww セックスとかあるわけじゃないよww ただ、それはお互い信用できる人間なのかどうか。っていうのをお互いに知る意味で一緒に過ごすのが目的なんだ。
で、もし信用できる。っていう判断になったとき、女性は男性に対し髪の毛と下着を渡さないといけないんだ。そこで、現代的な紙面上の契約だけでなく、本当の人間と人間、ここではつまり、オトコとオンナの契約が成立するっていうんだ」
と俺は語ったwwwwwww
すえると、このデタラメ話にシャリーは感銘を受けw 「わかった。どこまで出来るかわからないけど、とりあえず一晩すごしたらいいのね。下着とかはもうさすがにないでしょ?」と言ってきたのだった。
俺は、「ま、そこらへんは考えなくてもいいんじゃないww」とテキトーにはぐらかした。
ただ俺は、(ふたりっきりになったら、後はどうにでもなる)という妙な自信と確信を持っていたのだった。
そして、シャリーは俺のひとり暮らししている家に、その週の土曜に泊まりに来ることになった。
つづく