僕は何事も長続きせず、熱しやすく冷めやすい典型的なタイプでした。しかし、そんな僕でも長く続いている事柄が一つくらいはあるもので、それは子供の頃からやっていた空手だけは不思議な事に今でも続いています。
そんな僕が35歳の頃、大学時代からの空手仲間と力を合わせて、自分たちの道場を持とうと動き出したのが今から5年前の話。それから元工場だった場所を空手道場へと改装し、それから5年間は僕と空手仲間の数名で、しがない道場をやりはじめたのです。もちろん本業は他で持っています。
平日の2日間を大人クラスという事で18時~ 休日を子供クラスという事で17時~ 月謝も数千円程度のもので、そこまで本格的な空手道というよりかは、健康の為に空手で汗を流しませんか?という程度のうたい文句のアットホームな道場でした。
そんな小さな道場をやり始めて5年も経過すると、色々な来訪者が道場を訪れる事がありました。たいていの人は子供がいる保護者であって、子供を通わせようかどうか考えているという動機を持った人ばかりでした。
しかし、中にはまねかざる客もいて、道場破りのような輩もおれば、中には格闘技オタクのような輩もたまに出没するのが、道場の避けて通れない現実ともいえるでしょう。
前置きが長くなりましたが、ここでは道場に訪れたオタクの女の子との話をさせてもらおうと思います。
その彼女は道場のない平日の夕方17時頃、突然登場に現れました。その日、僕は道場に使うエアコンの設置でエアコン業者の工事に立ち会っている最中でした。
その謎めいた彼女は、見るからにオタクという雰囲気を持つ子であって、髪の毛はツインテール頭、服は紺色のシンプルなチャイナドレス(特に花柄とかあるわけではない、シンプルなものでした)で道場に現れ、いきなり「見学いいですか」と言ってきたのです。
僕はその彼女に、今日は道場が休みである事、そして工事業者が入っている事を簡単に説明し、〇曜日の〇時からなら稽古やってますので、いつでも来てください。と案内しました。
すると彼女は「はい、わかりました」とは返事したものの、道場を出ようとはせず、壁にかかっている段位の札とか、打撃用のミット類などを観察し始めたのです。
(変な子だな)と思いましたが、かといって道場の中には何も盗まれて困るような物も置いてませんし、一通り道場の雰囲気でも見ているのかな。と最初はそこまで気にせず放置していたのです。
すると彼女は道場の端にあった座布団にチョコンと腰を下ろし、今度はエアコン工事が終わるのを待つモードになっていったのでした。
(まだ何か用事でもあるのか・・・?それとも入門手続きしたくで、エアコン工事終わるの待っているのか?)
色々な事を考えましたが、結局、(ま、いいや。)とエアコン工事が終わるのを待つことにしたのです。
そしてエアコン工事も終わり、工事完了のサインをし、業者は帰っていきました。そこで初めて僕がその謎の彼女に、「まだ何かありますか?」と改めて要件を聞いてみたのです。
すると彼女は突然、「手合わせしませんか?」と言ってきたのです。
まず僕の第一印象 声にこそ出してませんが「あなたが只のオタクであるのは見たらわかります。そんなバカげた事いって怪我しないうちに家に帰って格ゲーでもやってなさい」でした(笑)
しかし、そんな本音を言える事もなく、「手合わせ???ですか?」と、聞いてみたのです。すると彼女は「はい。そうです。」と淡々と答えるのでした。(なんか変な奴に当たってしまったなー)と思いました。
そして僕は「手合わせという事は、なにか格闘技や武術をやっているのですか?」と聞きました。すると彼女はいきなり、「蟷螂拳をやっています」と真面目な顔で答えるのです。
(絶対嘘だwww)と思いました。いちおう、こちらも道場をやっているので同業者がどこにどれだけいるかは知っているつもりです。それに中国武術で、なお蟷螂拳なんてやってる道場もなければ、それを教えれる師範が僕たちのエリアにいるなんて聞いたこともありません。
それに長拳や太極拳ではなく、蟷螂拳をチョイスするところが、よりオタク疑惑を濃厚なものにしていました。
いずれにせよ、変わった人の相手をしなければならなくなった僕は、「蟷螂拳ですか。珍しいですね。教えてくれる場所があるのですか?」と会話をつなげる事にしたのです。
「はい。私の知り合いに老子が居て、その方に個人的に入門させていただいてます」と答えてきたのです。まぁ120%嘘というか、妄想なので「へー、すごいですね」と答えるだけにしておきました。
そしてまた「手合わせしませんか?」と改めて聞かれたのです。
僕「いあ、手合わせといっても・・・怪我しますよ?」
女「怪我はつきものでしょう」
僕「もちろんそうですが、それに何をもって手合わせをする必要があるのでしょうか?」
女「理由なんていらないと思いますが。ただ手合わせをしたいだけです。無理にとはいいません」
(なんなんだコイツは・・・)
僕「空手ではですね、手合わせというか、模擬試合ですね。それにはヘッドギアをつけて胴もグローブもつけて乱取りという形でするのですが、蟷螂拳サンは何をもって手合わせしているのでしょう?」
女「防具とかいりません。ではこうしましょうか、どちらかが1本とれる打撃に成功したほうが勝ちということで。」
僕「1本って・・・」
(なんなんだコイツ、、攻撃が絶対に当たらないという自信でもあるのだろうか。いやもう考えるのもめんどくさい。適当に相手して、己の力量がいかに妄想の世界だけでしか通用しなかった事をしれば目も覚めるだろう・・)
そう思って「じゃ、いちおう模擬的に対峙してみますか。僕も蟷螂拳とか見るの初めてですし」
そういって僕は一応、正式に試合をする時と同じように道場の真ん中に進みだし、そして一礼を持って構えたのでした。すると女も同じように中央に歩み寄り、僕に対し包拳礼(中国武術では試合開始前に右手拳に左手を包み込むような礼法がある)をし、どこで覚えたのかテレビや映画に出てきそうな、カマキリポーズをやりだしたのです。
(急に逆上してナイフとかで刺してきたりしないだろうな)
僕「とりあえずどこからでも来てもらっていいですよ。こっちから行く訳にはいきませんので」
女「わかりました。では遠慮なくこちらから仕掛けさせてもらいます」
すると女はじりじりと接近し、(あの蟷螂拳!っていうカマキリポーズで(笑)シュッ!シュ!と、まるでジャブで僕の動きを誘うかのように鈎状に作った手首で、ハトが地面のエサを食べるみたいな首の動きで、ツンツンしてくるのです。
その真剣な顔とは裏腹に、ハトがエサ食べる感じのジャブ攻撃、そして無理やりカマキリっぽい姿勢を維持したいからなのか、中腰でじりじり接近してくる足使に正直、笑いがこみあげてくるレベルでしたが、なんとか笑いをこらえ、こちらも相手と間合いを取り一定の距離感だけは保つように動きました。
すると女は、いつまで立っても間合いを詰めれずに、それこそまるで僕に挑発されているかのように引き込まれている状況を不満に思ったのか、じりじり寄ってきた奇妙な足使いを諦め、いきなり「やあ!!!」と掛け声をあげたかと思うと、素人にしては、そこそこ高いハイキックを繰り出してきたのです。
僕の視線で言えば、突然、訳のわからないある意味予測不可の動きをされて、「!?」とは思ったものの、なんといってもチャイナドレス風ワンピースの中が、真っ白の生パンツだったことです。
(てっきり、手合わせとか言ってくるくらいなので、中はスパッツくらいはいてると思ってました)
僕「ちょ、、まったまった!!」 思わず手を広げて相手の前に差し出し、女の動きを制御する僕。
女「なんですか?いきなり。足技は反則ですか?」
僕「いあ、そういう問題じゃなくて。パンツ見えてるって」(もうタメ口)
女「パンツ?」
僕「うん。というか、もうやめよう。状況から服装から何もかも、手合わせなんてできる状況じゃない」
女「なぜ急に。私は構いませんよ。別にみられて困るようなデザインをはいてる訳じゃないですし」
僕「いあ、そういう問題じゃなくてさ。」
(何が言いたいかというと、結局、ここで相手の術中にハマって手合わせみたいな事をやり、それで勝ったにせよ、負けてあげたにせよ、後で身体触られたとか、服を脱がそうとしてきたとか、そういう言いがかりを付けられたら困るからです。防犯カメラでもあれば身の安全を守れますが、少なくとも道場の稽古場に防犯カメラは設置していません)
僕「それはそっちの都合でしょう。僕の立場にもなってください。」
女「とにかくやりたくないんですね」
僕「・・・・。なんというか、、じゃ、こうしませんか?模擬試合するならするでそこは構いません。その変わり防具をちゃんとつけて、武道着等を持っているならそれを着用した上で、やりましょう。そうでなければ僕はお断りします」
女「わかりました。じゃ、今日は無理ですね。」
僕「そういう事です」(僕も私服でしたから)
女「では日を改めましょう。いつがいいですか?」
僕「道場を使っている〇曜日と〇曜日と休日でなければいつでも」
女「ならちょうど来週で如何でしょうか。」
僕「わかりました。じゃ同じ時間にお待ちしてますから」
(まいったなー。。。。変な奴に付きまとわれてしまった・・・・)そんな事を考えながら道場を閉め、僕は家へと帰りました。
つづく