わたしの元ヤリ友が亡くなって早5年になります。享年75才。
亡くなる3年前から認知とガンで施設にいてお会いしてませんでした。
私は去年で50になりました。
その方との年の差30。
その方は一言で言うと私の小1から親友のお母さんでした。
お父さんは大工さんでしたが僕らが成人する前に病気で亡くなり、その前からそのお母さんは自宅でパーマ屋さんをしていました。
明るい人で子供の頃から遊びに行くと、ご飯食べていけ、散髪してやろ、小遣いあげよと可愛がって貰ってました。
私は高学年の頃からおぼろげに何故かオナニーのネタにしていた記憶があります。ウチのお袋にはない色気みたいなのを感じていたからです。
その親友とは高校は違ったけど仲は続き、働いてからも毎週遊んでました。
その友達が先に結婚して子供も産まれた頃に、嫁姑で酷く揉めてその親子はほぼ絶縁状態になっていました。その言い分を双方から呼び出されて聞かされてたのですが、どちらもどちらで、お母さんの方もやはり息子愛が強過ぎたように見えました。
ヨリが戻った様に見えたのですが、孫の七五三の時の行事の件でまた揉めた時に、やはりそのお母さんからまた相談があると近所の居酒屋に呼び出されましたが、着いてみるとお母さんはもう既にベロベロで支離滅裂で何かにつけて怒ってました。
話聞くにももう呂律も回ってないし足元もフラフラで、仕方なく勝手知ったるおウチまで担いで帰りました。
◯◯君は優しいわ。ウチの◇◇はほんと冷たい。嫁にこき使われて、、、云々
背中でブツブツ喋ってます。
ベッドに抱えて横にして帰ろうとしました。
ベロベロに酔ったお母さんが
ねえ ◯◯君 おばさんの横に座って。
なんか寂しいの。
完全な正気で無い事は明らかなんですが、もしここで私が動いたとしても、なんか騒がれずに事が運びそうな気が急にして来ました。その瞬間までは全くそんな気はなかったんですが。
25歳の息子の親友と55歳の未亡人。20年近く親しくしてた関係の。
そう思うと胸の奥が急に熱くなりチンポも固くなり、、、。
おそるおそる添い寝の形に。
そして肩に腕を回すとお母さんが顔を埋めてきて、、、。
シャツの上から恐る恐る胸の膨らみを揉んでみると 想像以上にいやらしい女の溜息が。
乱暴に抱き締めると、おばさんは、唇を突き出して来ました。
唇が触れ合うと同時にお互い堰を切ったように激しく吸い合い、舌を絡めていました。
ああん ◯◯君 いいのよ
おばさん 寂しいの
あん
囁きながら下に伸ばした手は私の股間をまさぐってきます。
そこからは普通の求め合う男女の姿そのものでした。
互いに全裸になって。
夢中で自分の親友を育てた乳首を吸い、親友が産まれて来た穴を舐めそこに自分のチンポを挿れて、、、、。
親友への罪悪感の様なものも、薄っすら頭をよぎるのですが、おばさんの積極さに後押しされて、自分の彼女としている時と何ら変わらぬ流れでエッチしていました。そして幼い頃から秘めていた性的対象といまタブーを冒している背徳感に言いようない興奮をしていました。
目の前のおばさんが私の愛撫やピストンにひとりの女を曝け出して、喘いでいるのを聞くと我慢出来ずにあっという間に逝きそうに。
ああ おばさん、、、
俺、、、逝きそう、、、。
いいよ◯◯君 来て
来て いいから
△△の中にちょうだい!
△△とはおばさんの下の名前でした。初めて名乗られたのと、1人の女になってるおばさんの姿に頭が爆発して、自分の彼女としてる時のように
ああ ああ△△!
いく いく
△△ ああいく、、、、!!!
やっちゃいました。
急激に頭が正常に戻りました。
なんて事をしてしまったのか。
しかしその許されない関係はこの後、時々ブランクを挟みながら20年間も続くのです。
それも許されない関係だからこその果てしない泥沼の様な変態行為にエスカレートしながら。
誰にも気づかれずに。
たったひとりの例外の人物を除いて。
またお話ししますがそれは親友の2つ下の妹でした。