大学に何かを期待して入学していたのは確かなんだけど・・・。1年のはじめに契約をかわし、4年で卒業するまで、私は主の玩具でしかありませんでした。特に4年時の後半は、学校中から認知されるくらいの公衆便器となってました。
朝、8時くらいにくると、朝食といわるて食パン2枚をかさねたものと、牛乳を渡されます。まわりの男子はニヤニヤしてます。私はためらいもなく、その場で食パンを食べます。食パンの間には、たっぷりとジャムのかわりに精液が。たぶん4~5人分くらい。口の中に青臭さが広がります。牛乳で流し込み、講義を受ける前に服装チェックをされます。簡単なものですが、下着をつけていないことだけを確認されます。講堂の一番後ろとはいえ、前の方には何人も男女学生がいて、チラチラみてます。
ここで主に遠隔ローターを前後の穴に入れられ、午前中の講義中、ずっと微弱で動かされ続きます。
講義の時間はまじめにうけさせてもらえるのですが、シーンとなったときには、私の股間からローターのうなり声が響いてきます。
昼休み。長椅子をべちょべちょに汚した私に罰を与えるため、私は資料室につれこまれ、犬の首輪だけをつけられた状態にされ、誰がくるともわからない資料室に放置され、何人の学生に軽蔑の視線を浴びせられ、中には精液を顔にぶっかけていく人もいました。
昼からは、背中に淫乱と書いた紙を貼られたまま、あちこちの講堂につれていかれます。みりゃわかりますよ。髪や顔についた精液は、その頃にはカピカピになってますから。
夕方から終電までは、バイトのためにファミレスにいきます。そこでも私は奴隷でした・・・。逃げられない身分に追い詰められる苦しさから、卒業と同時に別れを決めました。
しかし、あの頃のように精液処理公衆便器として生きていた毎日が、いまとなっては懐かしいくらい寂しい日々を過ごしています。