あれから何年経ったでしょう。
今年も、茶、黄色、赤の色が混在した街路樹が風に揺れている。
あれから季節は何度巡ってきたでしょうか?
町並みは時と共に風化し、思い出はセピア色に染まる。
あの人との思い出は、もう二度と帰らない。
あの日あの時この町で出会った私たち。
きっかけは、あなたのかけた言葉でした。
「すみません・・・ちょっとお尋ねします・・・」
驚いて振り向く私に、恥ずかしげに微笑むあなたの姿。
紺のスーツ姿のすがすがしさが、私の胸を弾ませる。
あなたの尋ねて行く所は、私の住むマンションの近くの会社でした
乳母車を引く私を気づかうあなたのやさしさが、微笑ましかった。
聞けば、今日は面接試験を受けるために上京してきたという。
季節はめぐり、歩く街路樹の落葉つもる道に、あの人を思い出す。
あの日あの時と同じ、後ろから見覚えのある声がする。
振り向く私の目の前に、あの懐かしい顔があった。
4月からこの会社に勤めていると言う。
差し出した名刺には会社名と所属、あなたの名前が印刷されている。
山本仁があなたの名前。出身は青森だと教えてくれた。
お世話になったお礼にと、名刺の裏に住まいと携帯の番号を書いてくれた。
最初に出会ったあのときから、心の奥にしまっていたときめきが蘇る。
育児に追われる日々の中に、確実に年を重ねていく私がいる。
時として母から女に戻りたいと思う、もう一人の私がいる。
今の生活に何の不満もない私なのに、なぜか心がざわめいた。
日曜日の朝、思いもかけず仁さんから電話があった。
実家からリンゴを送ってきたので、宜しければこの前のお礼にと。
自転車に乗って、彼がリンゴを持ってきてくれました。
かたち大きさも違う不揃いのリンゴは、ダンボウルの箱の中で赤く輝いている。
玄関先で遠慮する彼、遠慮しないでと無理にリビングにコーヒーを用意した。
あえて話すほどの話題は何も無かったのですが。
ただ少しでも仁さんのことが知りたいと思う私がいました。
話す言葉を捜しながらポツリポツリと話すその一言一言に頷きながら、膝をついてついつい微笑んでしまう私。
青森特有の訛りを気にしていてそれがコンプレックスになっていること。
スポーツは小学校から高校までサッカーをやっていた。
インターハイに出場したことがあったが、高校三年生のとき、致命的なけがをして以来次第にサッカーから遠ざかっていったこと。
東京の大学に進学したもののはっきりした目標も見出せず、自分にとっては無駄な4年だったと思う。
決して裕福でない家から4年もの間仕送りしてくれた両親には感謝している。
青森のリンゴ農家の長男でいずれは家の家業を継ぐつもりだという。
兄弟は姉、弟の3人兄弟で姉が両親と一緒にリンゴ畑を手伝っている。
私とは7歳も年下であることを知りました。
彼と私との共通点は、私も九州は宮崎の田舎の専業農家でサツマイモなど多くの野菜を作っている。
私も宮崎県独特の訛りに悩み、言葉にコンプレックスを持っていた。
私の主人も高校まではサッカーをやっていた。
休みの日はその頃の仲間を集め、趣味でサッカーをやっている。
そんな取りとめのない話の中にも、理屈では説明できない親しみがわいてきます。それは彼の純朴さが私の田舎を思い出させるからでしよう。
小さい頃は兄弟で野山を駆け巡り自然の移り変わりを肌で感じていました。
その後お互いの生活に支障がない程度にメールをはじめました。
独身の彼にはどうでもいいような出来事までもメールをしてしまう私でした。
子育てに毎日奔走する私の愚痴すらメールすることがありました。
そんな私のメールにも誠実に答えてくれる彼でした。
季節は流れ、今年も街路樹は色を染め秋風が枯れ葉を舞い散らす。
時には近くの喫茶店で子供を交えてお茶をすることもありました。
二歳になる女の子にもわかるのでしょうか彼のやさしさが?
もしかしたら父親よりなついてしまったと、冗談を言う私。
時には意味も無く見つめる彼の瞳に触れ合い、微笑みを返す私。
人見知りの彼が、実は饒舌に喋る若者であることも知りました。
今では冗談も言える、何でも話せる楽しい日々が続いていました。
あの出来事が楽しかったはずの生活をもろくも壊してしまいました。
今年も彼から頂いたリンゴをアップルパイにして家族で頂きました。
昼過ぎに娘を乳母に乗せてアップルパイを土産に彼のアパートを訪れました
玄関のチャイムを二回三回と鳴らすが出る様子がありません。
ドアノブに手をかけ回すとドアが開きました。
部屋を覗くと敷かれた蒲団の中にうずくまる彼の姿がありました。
謝る彼は、風をひいたのか、昨日から頭が重いと言う。
枕元には、無雑作に市販の風邪薬と栄養剤がおかれていた。
無理に起きようとする彼を押しとどめて休むことを進めました。
つれてきた娘も幸いにも昼寝の時間で乳母車の中で眠っている。
このまま帰ることも出来ず、せめて温かい飲み物をと台所に立った。
冷蔵庫の中身を見るにつけ、貧そうな食生活を垣間見る。
かろうじてあった卵と調味料で卵スープをつくってあげた。
枕元に置いたスープを美味しそうに飲み干す彼のやつれた姿に、なぜか愛おしさが込み上げて来る。
思わず彼の額に手を当てて熱を診ると、心配するほどの熱は無かったように思えた。
額から手を離すまもなくいきなり手を引かれた。
バランスをなくした私の体は、彼の胸の上に抱きすくめられたのでした。
一瞬の衝撃は私の思考を狂わせ、呼吸さえも止めた。
彼の熱い体温を感じたとき、彼の両腕の中でつつみ込まれていました。
「ごめんなさい・・・もう少しだけこのままでいいですか・・・」
吐く息がひどく乱れ全身の力が抜けていきました。
身動きできないまま、体は反転させられ上から抱きすくめられていました。
心地よい体の重みを感じながら、彼の腕の中で静かに時間が過ぎていきました。
気がつくと、わずかな時間の中で明らかに私の胸の上をうごめく手があった。
無意識に拒む私の指に、彼の動きはエスカレートしていきました。
むしろ大胆にさえなっていきました。
「仁さん・・・だめよ、だめよ、やめて・・・」
何度も同じ言葉を繰り返して拒んでも、彼の動きを止めることはできません。
ブラウスのボタンが次々と外され、脱がされてしまいました。
ただ首を振って拒む私を無視してストラップを引き下ろしブラジヤーを乳房のうえまで引き上げられた。
露出した乳房を見られるのが恥ずかしくて手で顔を覆う私の姿。
その仕草が災いしたのか、乳房を持て遊ばれる結果となりました。
彼の手がさらに下半身に伸びたとき、渾身の力を振り絞り手足をばたつかせて最後の抵抗を試みた。
男と女、力では敵うはずのない争いはすぐに決着がついた。
パンティは抜き取られ、最後の砦も陥落されようとしていました。
その時、乳母車の中で眠っていた娘が急に泣き出したのでした。
危機一髪、二人の争いはここで終止符が打たれました。
息を整えながら裏切りの行為を無言で訴える私の瞳に、惨めになきだしそうな彼の顔を映し出していました。
冷静になった私の心の奥には、彼が私を求めた手段がどうであれ、愛おしさだけがこみ上げてきて切なさに涙しました。
それは私が無意識のうちに望んでいた秘密の女心だったのでしょう。
叶えてあげたい彼の欲望、しかし私は娘の母親なのです。
どんな犠牲を払ってもか弱き子供を母として守っていかなくてはなりません。
子育てのなかでは意にそぐわない多くの難問につい弱音を吐くこともあります。このまま朽ち果ててしまう女の人生の儚さに涙する夜もあります。
毎月決まって訪れる女の証に、女であることの恨めしさを認識させられる。
そしてあるときは女の性の恨めしさに、悶々とする夜もあります。
私には守るべき家庭があります。
女である前に母なのです。
彼とのことは最初からきれいごとで済むような関係が続くとは思っていませんでした。やはり男と女の友情は成り立たないのでしょうか?
もうあの楽しかった日は二度と帰ってこないのでしょうか?
あれから何度メールしても、ただ帰ってくるのはごめんなさいのメールだけ。
そして返信すらなくなりました。
二人のすべてを知るよりも、分ち合えないものを知る苦しさが私の心を惑わす。
寝つけない夜、どうしようもない寂しさに耐えかねて自らの火照った体と心を慰める惨めな女がいます。