他方、もう一軒の店では怖い目に遭いました。
その店はアパートから一番遠く、洗い場も浴槽も綺麗ではないのですが、番台にはいつも女将さんか従業員の女の人が座っていました。
男の人が番台に座っている他の二軒とは違い、脱衣場でも洗い場でも安心していられるので、一年目の夏頃まではその店を行きつけにしていました。
ある初夏の晩のことです。
その日は帰りが遅くなり、銭湯に到着したのは閉店間際の時間でした。
脱衣場にも洗い場にもまだ何人かのお客さんが残っていましたが、洗い場に入って浴槽に浸かっているうちに、いつの間にか私一人になってしまいました。
長居をしては悪いと思ったので、カランに座って大急ぎでカラダを擦り、顔と髪を洗い終わったときのことです。
何か背後に人の気配を感じました。
振り返ると白いステテコが見えました。
見上げると、洗い場や浴槽の清掃に使う長い柄のついたブラシを持った中年の男の人が、全裸の私を背中越しに覗き込んでいるではありませんか。
男の人の目には、乳房とヘアがはっきり映っていたに違いありません。
その人は、普段は店の裏で釜焚きの仕事に従事しており、仕事の合間には建物の入り口横に設置されたベンチに座って、やってくる女性客をイヤらしそうな目で見たり、知り合いの男性客と言葉を交わしたりしていました。
いかにも女に興味があるといった感じのする人で、「洗い場の奥にあるボイラー室の小窓から、こっそり女湯を覗いているのでは?」という一抹の不安を感じたことさえありました。
「犯されるかもしれない」という恐怖心が走りました。
次の瞬間、持ってきた洗面器にお風呂道具を放り込むといきなり立ち上がり、びしょびしょのカラダで脱衣場に小走りで向かいました。
男の人の視線を気にしているような余裕はありませんでしたが、自分でも意外なくらいカラダが自然に動きました。
ロッカーの鍵を開けると、下着も着ないでジーンズとシャツだけを身に付けると、外に飛び出しました。
幸い、その店は商店街の外れにあって、往来にはまだ人の姿がありました。
少しホッとしたものの、時々後ろを振り返りながらアパートまで走り通しました。
カラダも髪も乾かしていないことに加え、極度の緊張感と初夏の道中を走り通したことで、アパートに帰り着いたときは、お風呂に入った意味が全然ないまでに全身がびしょ濡れの状態でした。