年が明けて、いよいよ例の書類を役所に出すときが来た。
僕は、倉田さんにペアリングを買いに行こうと言ったが、
「今は余裕がないから、できた時にね」
と言われてしまった。
その代わりに、倉田さんは、僕がクリスマスに贈った安い指輪を右手から左手の薬指
に付け替えて、ニコニコしながら、
「ム・シ・よ・け」
と言っていた。
『いつかきっと、ちゃんとクローバーがついてるヤツ、買うから』
入籍しても、倉田さんは直ぐには一緒に暮らすことを許してくれなくて、僕は週末だ
けの通い夫のような生活をしていた。
「田中くん、まだ、学生なんだから」
「でも、一緒に暮らした方が、生活費は安くつくんじゃ・・・」
僕はちょっとプライドが傷ついて、自分でも珍しく食い下がったが、聞き入れてはも
らえなかった。
『これって、ヒモみたいだなぁ・・・』
自分の中では釈然としない気持ちで一杯だったけど、現実を受け入れるしかなかった。
この状況を変えるには、僕が働かないと。会社説明会に何度も足を運んで、必死にな
って就活をしたが、学生結婚をしている僕に、世間の風は冷たかった。
後からわかったことだけど、倉田さんは、もっと窮地に立っていた。入社1年目のOL
のお腹がどんどん大きくなっていくのだから、会社で居心地がいい訳がなかった。
それでも、倉田さんは仕事ができたのと、上司が女性だったこともあって、何とか会
社に残ることはできたらしい。けど、娘は、倉田さんの実家に預けるしかなかった。
子供を預かってもらう話は、実家に戻った時に、倉田さんが、ご両親に頼んできたら
しい。夕飯の時に、お義父さんの機嫌が急によくなった裏では、その話が進行してい
て、『孫の面倒を見る=娘が帰ってくる』という等式が、お義父さんの頭の中で成り
立っていたようだ。
美しき誤解というやつだ。
しかし、その等式が成り立っていないと判明したとき、ひと悶着あった。お義母さん
に何とか取り成してもらって、騒動は収まったが、あとは、僕が卒業をして、仕事を
見つけられるかどうかに掛かっていた。
生活力のない僕は、焦って、就活の合間に、昼も夜もアルバイトをして、学校の方が
お留守になっていると、それが、倉田さんにバレて、叱られた。
「田中くん、何のために分かれて暮らしているのか、わかってる?」
「・・・」
「きちんと学業を終えて、就職もちゃんとしてほしいからなんだよ」
「・・・」
「私だって我慢してるのに・・・」
僕は、自分が情けなくて涙が出た。好きなだけじゃ、ダメなんだ。そう、思い知らさ
れた。
高木や佐々木が正式な内定を貰ったのに遅れること数ヶ月、僕はようやく小さいけど
アットホームな雰囲気の会社での働き口が決まった。
倉田さんは、とても喜んでくれて、やっと一緒に暮らすことを許してくれた。
娘も幼稚園に入る前に引き取った。
贅沢は、できなかったけど、我が家にはたくさんの思い出と写真がある。
☆
僕たちは今、夫婦のベッドルームで、アルバムをめくっている。
「ねぇ、この人、誰だっけ?」
「ほら、僕が1年の頃、励ましてくれた、シンジくん」
「わぁ、懐かしい・・・」
「enzzobさんには、随分、勇気づけられたよ。どこへ行っても、声をかけてくれたん
じゃないかな」
「ほんとだ、殆どの写真に写ってるね」
『あたしに同情してくれた人もいたわよね? ほら、藤さん』
由香がいれば、きっと口を挟んできたことだろう。
あ、これは、倉田さんの下宿だ。
「たかゆきさんと剛くんも、褒めてくれたから、私、がんばれた」
高校時代のスナップショットには、随分たくさんの人が写っている。
「うん、あの時が、一番、応援してもらえたのかなぁ。ほら、たまちゃんとか、いと
ちゃんとか・・・」
「高木くんが、良かったんじゃないの?」
「それをいうなら、谷口さんかもしれないよ」
ページをめくると、涙目になった僕の顔が写っていた。
「倉田さんの実家に帰った時も、僕たちを庇ってくれた人、いたよね?」
「まさおくん!」
「なんだか、申し訳なかったけど、正直、うれしかった」
「そうだね。みんながみんな、私たちの話に興味があるじゃないし・・・、退屈だ
った人には、ホント、ごめんなさい」
「でも、中区の人は、また、って言ってくれたよ」
「カッツさんもね」
次は、ミッキーと一緒に写った倉田さんが出てきた。
「あれ?、この人誰だっけ?」
「ほら、phomさん、ホットドッグかじっているのにも写ってる」
「そうだったね」
「夢追人とか、一読者も、あの時、声をかけてくれたね」
「そうそう、私、レオさんに、いいって言ってもらった」
「違うよ。それは、僕に対して、うらやましいな、いいなって言ってくれたんだよ」
「えーっ? そうだったかしら」
「私たち、いろんなことが、あったね」
「・・・うん」
「ありがたいね」
「うん、感謝の気持ちでいっぱいだよ」
「また、みんなと会えるかな」
「うん、会えるといいね」
最後に、高木一家が我が家に来たときの写真がでてきた。
うちの娘と、二つ下の高木(と佐々木)の息子が、ピースサインをしている。
高木んちは、どちらに似てもよかったが、うちは、僕に似ないでよかった・・・。
懐かしいあのころの写真を見終えると、僕たちは、静かにアルバムを閉じて、ベッド
脇のライトを消した。
「ちょっとぉ、ダメだったらぁ・・・、あの子に聞こえるわよぉ・・・、あん♡」
Wishing you all a very Merry Christmas and a Happy New Year !