「田中くん、24日、空いてる?」
もうすぐ冬休みに入ろうかという頃、倉田さんは、学食のハンバーグを口に運びながら、
訊いてきた。
『はい、倉田さんのご用命とあらば、元旦だって空けてみせます』
そんな答えを夢想しながらも、僕はひと言、素直に『はい』」とだけ返事した。
倉田さんと一緒にすごす時間がどんどん長くなっていた。
平日は、駅か学校で会うところから、倉田さんに始まって、授業、倉田さん、授業、倉田
さん、バイト・・・。
『これは、だらしないお付き合いには、入らないのかな・・・』
「どうしよっか?」
さて、倉田さんは、すでに計画があるのか、ホントに僕のアイディアを訊いているのか、
どっちだろう・・・。咄嗟に、僕は、
「倉田さんと一緒なら、なんでもいいですけど・・・」
取り敢えず、無難な答えでジャブを打ってみる。
「ウチ来る? 美味しいモン、食べようよ」
よかった・・・、倉田さんには、既に計画があるみたいだ。気の利いたレストランとか、
選ぶ羽目になると、高木に頼らなくてはならなくなるので、厄介だ。
「はい・・・、でも、僕は、何をしたら・・・」
「うーん、じゃあ、一緒に買い物に行って、手伝ってくれる?」
僕は、はい、と返事をする代わりに、倉田さんに敬礼して見せた。
「おじさん、黒いのと緑の、100グラムずつ」
倉田さんは、僕の腕を放さずにオリーブのオイル漬けを注文し、お金を払うと、商店街を
歩きながら、次は丸ごとのチキン、マッシュルームに、玉ねぎと、僕を連れまわしながら
どんどん買い足した。結構重い。
僕はビニール袋を両手に提げて、弥次郎兵衛のようにバランスを取りながら、倉田さんの
あとをついて行った。
最後に、倉田さんがお気に入りのケーキ屋さんで、ホールケーキを買うと、漸く、倉田さ
んの下宿に向かった。指がちぎれそうになり、肩が抜けそうになった頃、僕たちは倉田さ
んの下宿に辿り着いた。
「お疲れさま」
倉田さん自身もバゲットの飛び出した茶色い紙袋を抱えながら、身体でドアを押さえてく
れていた。
初めてお邪魔したときとは違って、今では、僕の歯ブラシが倉田さんのと一緒にコップに
立っていて、パジャマもベッドの上に畳んである。
「田中くん、それとそれ、チキンに詰めてくれる?」
倉田さんは、手際よく下ごしらえをしながら、僕が手持ち無沙汰にならないように、次々
と指示をしてくれる。
僕は、オリーブをつまみながら、いわれるがままに従った。
「田中くん、オリーブでお腹、いっぱいにしないでね」
黒と緑を半分ずつくらい食べてしまったところで、ストップがかかった。
「あとは、私がやるから、田中くん、テレビでも見てて」
僕が残りのオリーブをチキンに詰め込み終えると、倉田さんはそう言って、引き続き、炊
事場に立った。
倉田さんのベッドを背もたれにして床に座ると、僕はDVDの再生ボタンを押した。
サングラスをかけた黒人さんが、なにかをしゃべったあと、幻想的な踊りが始まった。
Bye-bye life, bye-bye happiness, hello loneliness, I think I’m gonna…
何なのか、よくわからなかったけど、10分ぐらいの映像で、何だか引き込まれてしまった。
「ねぇ、倉田さん」
「ん?」
「これ、なんですか?」
倉田さんはエプロンで手を拭きながら、僕のところにやってきて、指差す画像を見ると、
『ああ』という顔をみせて言った
「これ、古い映画なんだけど、私、好きなんだ」
「倉田さん、こういうの、好きなんだったら、言ってくださいよ」
「うん、でも、押し付けるのも、どうかと思って」
『えーっ!? それはないよ、倉田さん・・・、僕の好みは、聞くくせに、どうして、自
分のは、言ってくれないの?』
空気を読んだ倉田さんは、一旦、台所にもどると、カチリとガスを止めて、僕のところに
戻ってきた。
倉田さんは、僕の横に正座をして座ると、真っ直ぐに僕を見て言った。
「ねぇ、田中くん、私って、そんなに自信、あるように見える?」
「え?」
正直に言えば、自信の塊が服を着て歩いているような人だと思ってるんですけど・・・。
「私、これでも、田中くん好みの女になりたくて、一生懸命なんだよ」
「???」
「私の好みは、まだ、早いと思って」
そういうと、耳元でチュッと言う音がして、倉田さんは台所へ戻っていった。
『倉田さん・・・、それは、僕のセリフですよ。』
倉田さんの料理をたらふく詰め込んで、いよいよメインイベントのプレゼント交換。
僕は、バイト代を注ぎ込んで、四つ葉のクローバーをモチーフにしたデザインのお店の指
輪をプレゼントした。
自分としては、頑張ったつもりだったけど、一番安いのしか買えなかった。
それでも、倉田さんは、すごく喜んでくれて、
「田中くん、私の好み、よくわかったね」
「すっごく、うれしい! 大事にするね!」
そう言って、僕の首に抱きついてきた。
あの日以来、倉田さんの指には、安物だけど、ホワイトゴールドのリングが光るようにな
った。
『倉田さんに気に入られたくて、必死なのは、僕のほうなんですよ』
そう思いながら、倉田さんって、なんていい匂いがするんだろう、と思ったりもした。
明かりを少し暗くすると、倉田さんは、僕のパジャマを下着ごと脱がすと、裸の胸を押し
付けながら、僕の唇を吸った。
丁寧に、丁寧に、僕の身体中に舌を這わせた後、倉田さんは、僕をすっぽり喉の奥深くま
でのみ込むと、優しく、刺激した。
それから、ゆっくりと仰向けになって身体を横たえると、僕の脇腹を触って、覆いかぶさ
るように促した。
『女の人が、男を立てるって、こういうこと? いや、これは勃たせるかな・・・』
僕が、倉田さんの中に入っていくと、倉田さんは耳元で囁いた。
「田中くん、ずっと一緒にいてね」
僕は、倉田さんのことが、可愛くて、愛しくて、できるだけ長く、倉田さんの中にいたか
ったけど、あっという間に放出した。
気がつくと、倉田さんの目から涙が伝っていた。
吃驚して、倉田さんの顔を覗き込むと、倉田さんは、僕を安心させるように首を横に振っ
て微笑むと、
「何だか、幸せすぎて、怖いの」
そう言って、いっそう強く、抱きついてきた。
僕たちは、その後もずっと裸のまま、抱き合って、朝まで眠った。
二人で迎えた初めての Silent & Holy Night。