バチカンのお寺の近くには、白いブラウスやシャツばっかり売っている専門店があって、
そこで買ったお気に入りを着て、倉田さんは、夕食が終わっても、テンション、アゲアゲ
だった。
僕も、ホッとしたし、ホントに嬉しかった。
盆と正月が一緒に来たくらい、たくさん並んだ倉田さんの手料理を一緒に平らげて、お風
呂に入って、一段落すると、漸く、いつもの倉田さんに戻った。
豆電球だけを点けたまま、ベッドの中に並んで横になると、倉田さんは、話し始めた。
「私、いろんな考えた。でも、よく考えてみたら、田中くんのことばっかだった」
「入院したら・・・、田中くんと会えなくなっちゃう。手術したら・・・、田中くん、引
くだろうな。病気が治らなかったら・・・」
「他にもいっぱいあるんだけど、結局、大事なのは、田中くんだった」
『見損なわないでよ、倉田さん。入院すれば、お見舞いに行くし(倉田さんも、いいって
いったのに、来たし)、手術しても、倉田さんは、倉田さんだし、治らなくったって・・・、
考えたくもない・・・』
そんなことを思いながらも不器用な僕は何も言葉にできなくて、口から、やっと出てきた
のは、
「ありがとう」
のひと言だった。
「『ありがとう』と『ごめんなさい』は、魔法の言葉」
そう教えてくれたのは、倉田さんだった。
「心を込めて、これをきちんと言える人は、幸せになれるんだって」
そう言われて、試しに、学食のおばちゃんに、毎日『ありがとう』を言ってみたら、いつ
の間にか、きつねうどんに卵がついてくるようになった。
『あの娘と今夜もがんばるんだよ』
おばちゃんの目がそういっているように見えたのは、気のせい?
それにしても、僕の幸せって・・・、ちっちぇ・・・。
倉田さんは、上体を起こして、僕の胸にシャンプーの匂いのする頭を乗せると、訊いてき
た。
「重い?」
「大丈夫です。倉田さん細いから」
一瞬の沈黙。
「・・・うーん、ここで物理的質量を答えるかなぁ・・・」
僕が、天井の豆電球を見つめて黙っていると、
「気持ちよ、気持ち。 私の気持ちが重過ぎないかって、訊いてるの」
『しまった・・・、大事なところで、また、やってしまった・・・』
僕が顔を赤くしていると、倉田さんは、僕の手を取って、自分の胸に押し当てた。
「ちっちゃいけど、ないより、いいでしょ?」
と笑って見せた。
『これは、質量を訊いてるんだよね?』
今度は、僕も少し笑った。
倉田さんの薄い唇をついばむようにしていると、倉田さんの舌がヌルッと入ってきた。
僕は、倉田さんに覆いかぶさって、舌を絡めあっていると、倉田さんの手が僕をそっと包
み込んだ。
唇を離して、顔を見つめると、倉田さんは、声を出さずに、口の動きだけで『このまま、
きて』と言った。
倉田さんの足を割って入ると、倉田さんはゆっくりひざを立てると僕のわき腹を擦り上げ
るようにして、挿入を促した。
「倉田さんの中、あったかい」
それを聞いた倉田さんは、僕の背中に腕を回すと、唇をせがんだ。
「ん、ん、ん、ん・・・・」
「イキたくなったら、言ってくださいね」
僕は、すこしずつ腰の動きを早めながら、耳元でささやくと、
「あ・・・、それ、いい・・・、あ、あ、あ、あ・・・、いっ・・・、イカせて!イカせ
て!あ゛ーっ!!!」
倉田さんの歯が、僕の肩に当たった。
倉田さんの息が整うまで、ずっと抱きしめていてあげると、今度は、抱き枕を抱えるよう
に、僕に抱きついてきた。
「ずっと、一緒にいてね・・・」
そうだ、倉田さんは、何度も僕にそう言ってくれている。
でも、僕は、いつも何も言えなくて、倉田さんの背中に腕を回して、ギュッと抱きしめる
だけだった。
でも、今こそ言おうと決めていたセリフを伝えよう。
「はい・・・、病める時も、健やかなる時も・・・」
自分で口に出してみて、ちょっと恥ずかしくなったので、最後は、少し尻すぼみになった。
テレながら、倉田さんの顔を覗き込んでみると・・・、倉田さんは、スースーと寝息を立
てていた。
『おい、おい、聞けよ!』
そんな風に思いながらも、僕はブランケットの端をつかんで、倉田さんの肩に掛けてあげ
た。
心底、疲れていたんだなぁ、としみじみ思う。
本当に、悪い病気だったら、倉田さんは、どうしていたのだろう。
倉田さんのことだから、きっと、別れるって、言い出してたんだろうな。
ねぇ、倉田さん、本当に、僕でいいの?
一度だけ、訊いたことがある。
「どうして、僕なんです?」
倉田さんは、すぐに切り返してきた。
「田中くんは、どうして私なの?」
『ずるいよ、倉田さん! 質問に質問で返すのはなしって、僕に言っておいて・・・』
でも、倉田さんは、僕のそんな表情を読み取って、
「ごめん、咄嗟に訊かれて、ちょっと慌てちゃった・・・」
倉田さんは、ちょっと考えてから、
「私が、死ぬ間際に教えてあげる。だから、ずっと、一緒にいてね・・・」
僕は、それ以上、訊き返さなかった。
単純に、この人は、運命の人なのだ、と思うことにした。
こうして、倉田さんは、大学を卒業し、僕もこのとき、『ですます調』を卒業した。
子猫のように眠る倉田さんを見ていたら・・・、また、おっきくなっちゃった・・・。