倉田さんは、とても素直でストレートな時もあれば、変化球を混ぜてくることもあっ
て、付き合いだして最初のころ、
「これ、読んでみて」
と、図書館で借りてきた本を貸してくれたことがあった。
それは、不条理がテーマの難解な小説で、ちょっとした睡眠薬より眠気を誘う効果が
強かったが、倉田さんが貸してくれた本だし、返却期限もあるので、僕は必死になっ
て読んだ。読み終わって、倉田さんに連絡すると、『本を一緒に返しに行こう』とい
う。
駅で待ち合わせて、急行に乗ろうとするのを止められて、各駅停車に乗り込むと、
「この本、どうだった?」
と訊いてくる。
「倉田さんは?」
と思わず、訊き返すと、
「私が、訊いてるのっ。 質問に質問で返すのは、なし!」
といつもの調子で叱られた。
「こ正直・・・、どこが面白いのか、よくわかんなかったです」
「そうなんだ」
「・・・倉田さんは?」
一応、正直に答えた後なので、倉田さんにも改めて、訊いてみる。
「私? 読んでないよ」
とサラッという。
『ええ゛ーっ? それって何?』、『必死に読んだあの時間は、何だったの?』、
僕は、話をどう続けたらいいのかわからなくなって、押し黙ると。
「だって、こうでもしないと、田中くん、連絡くれないんだもん」
と言って、僕の手を握ってきた。
ここは、文句を言うべきか、素直に喜ぶべきか、迷ったが、僕は、倉田さんの手を握
り返すのを選んだ。
☆
アメリカに着いて初日、倉田さんと、ずっとホテルの部屋で過ごし、倉田さnご所望
のステーキもルームサービスを取って済ませた。
倉田さんが、寝物語に語ってくれたのは、この旅行で僕の英語アレルギーを治したか
ったこと、その一方で、僕が困った顔をするのを少し見たくなってしまったこと、な
どだった。ちょっとからかわれた気がして、背中を向けて、拗ねていたら、倉田さん
は、背中からそっと抱きついてきて、囁くように言う。
「うそ、ホントは田中くんと、ずっと一緒にいる時間が欲しかったの」
でたぁ、こういうことは、ストレートに言っちゃう倉田マジック・・・。 もう、そ
の一言で、拗ねている自分を忘れ、顔がでれでれしてしまう。
僕は、倉田さんの方に向き直り、思いっきり抱きしめると、追い討ちをかけるように、
倉田さんは、
「好きなの」
とひと言、ささやく。
僕は、黙って舌先を倉田さんの薄い唇の間に差し込むと倉田さんの舌を誘い、小ぶり
だけど形のいい、おっぱいを掌でそっと包んだ。
倉田さんは、目を閉じて、僕の舌を吸い返してくる。僕の手は、乳房を離れ、くすぐ
ったくない程度に脇腹を通って、太ももに到達すると、倉田さんは少しだけ足を開い
て、僕の指を受け入れてくれる。同時に僕は、唇を硬くなった乳首に移し、舌で倉田
さんを弄ぶ。
『ん、ん、ん』」と呻いていた倉田さんの声が、『あ、あ、あ』と大きくなるのに合
わせて、僕の指はだんだんと動きを速めていった。倉田さんが、僕の首に思いっきり
抱きついて、
「あ、田中くん・・・、そこ、ダメ! あっ、いいっ・・・、ああっ!」
といって、身体を震わせると、足をぎゅっと閉じて、腰を少し引いた。
絶頂の余韻に浸っているのか、眠ってしまったのか、動かなくなった倉田さんにそっ
とシーツを掛けてあげて、僕も倉田さんの横に身を横たえて、目を閉じた。
「田中くん」
僕の耳をくすぐるような、倉田さんの声がした。
「ん?」
目を開けると、倉田さんの顔が目の前にあった。
「私・・・、田中くんのモノだから・・・」
そう言うと、とても無防備な表情で、倉田さんは再びゆっくりと目を閉じた。
倉田さんをそっとしておいてあげようかとも思ったけれど、僕のは再び覚醒してしま
い、暴走モード突入・・・。
そそくさと、枕の下からプラグスーツを取り出して、着用すると、すらりとした足を
割って、倉田さんの中に入って行った。
エントリープラグが奥まで収まると、倉田さんは『うっ』と呻き声を上げて、長い足
で僕の腰を挟み込んだ。
僕がゆっくりと倉田さんの中で動き始めると、
「んっ、んっ、んっ、あっ・・・、やっぱり、これ・・・」
眉間にしわを寄せて、倉田さんにそう言われると、僕はいっそう勇気付けられて、少
しずつ腰の動きを早めていく。
倉田さんは、一層切なそうな表情をして見せて、僕の唇をせがむ。
僕もいよいよ我慢できなくなって、倉田さんの唇を塞いだまま抱きしめて、腰を打ち
付けると、
「あっ、田中くん・・・、もうダメ! ダメ! イッちゃう、イクッ!」
倉田さんがそう漏らすと同時に、僕は白濁した液を一気に放出した。
プラグを抜こうと少し腰を持ち上げると、倉田さんは、僕の髪に指を滑り込ませてき
て、やさしく僕を抱き寄せると、
「私・・・、『田中くん中毒』かも・・・」
とつぶやいた。
☆
時差を感じる暇もないほど、僕たちはよく眠り、爽やかな二日目の朝を迎えた。
シーツに隠れた下着を探していると、バスローブ姿の倉田さんが、髪を拭きながら、
バスルームから出てきた。
「田中くん、起きた? おはよ」
一夜明けた倉田さんは、すこぶる上機嫌で、短めのバスローブから伸びた足が、妙
に艶かしかった。
『ですます調』から完全には、脱却できない僕は、会釈をするように首だけを軽く
動かした。
「おはようございます」
「今日は、忙しいから、出掛ける用意して」
「はい」
僕は、素直に従い、歯を磨いて、服に着替えると、倉田さんに少しだけシャツの襟
元を直されて、ホテルの部屋を後にした。
部屋を出ると、倉田さんはすぐに腕を組んできて、僕の肘が倉田さんの小さなふく
らみに押し付けられた。
ホテルのロビーに出ると、ガイドさんらしき人が待っていて、『田中さまですか』
と訊いてきた。僕より早く、倉田さんが『はい』と応えて、僕を見上げると、ニッ
と笑った。
ガイドさんは、流暢な日本語で、いろんなところに案内してくれた。翌日には、待
望のディズニーランドに行き、倉田さんは、子供のように、はしゃいでいた。
「倉田さん、こういうのが好きだったんですね」
倉田さんは、一瞬、怪訝そうな表情を見せたけど、
「バカ・・・、田中くんと一緒だからだよ」
と珍しくはにかんで見せると、髪をなびかせて、ホットドッグスタンドの方に駆け
ていった。
『倉田さんでも、照れるんだ』
そんな風に思いながら、僕は倉田さんを目で追った。
戻ってきたとき、倉田さんは30センチくらいある、大きなホットドッグを片手に、
もう片方には、これまたデカイ、コーラにストローを二本挿して、戻ってきた。二
人で、ホットドッグを支えながら、両端から二人で頬張っていく。大きなポッキー
みたいだな、と思いながら、ピクルス味の強いアクセントが効いた安っぽい味を、
コーラで流し込んでいく。
倉田さんと食べるものは、僕にとっても、すべてがご馳走だった。
食べ終わって、コーラを飲もうとすると、『ちょっと、待って』と僕を手で制し、
倉田さんが顔を近づけてきた。
何事かと思って、腰が引けていると、「動かないで」と言って、僕の肩を押さえ
ると、ぺロッと僕の口の端を舐めた。
ふふっ、笑う倉田さんが愛しくて、周りの目がちょっと気になったけど、ぐっと
引き寄せてキスをすると、ほのかにケチャップの味がした。
☆
一週間は、瞬く間に終わってしまった。
僕の英語アレルギーは殆ど治らなかったけれど、気合を入れて聞くと、以前より
は、少しだけ、わかるようになった気がした。
倉田さんとは、結局、毎日してしまった。持って行った1ダース入りの避妊具は、
最終夜を前にして底をつき、現地調達をしたら、ぶかぶかで、使い物にな
らなかった・・・。戦意喪失しかけて、うな垂れる僕を、倉田さんはすばやく
お口でフォローすると、ごっくんしてくれた。
身も心も倉田さんの虜になった僕は、帰りの飛行機の中で、
「倉田さん、このまま一緒に暮らしちゃいます?」
と勇気を出して訊いてみた。
すると、
「暮らしません」
と、ピシッと言われてしまったので、僕が、少ししょげていると、倉田さんは、
僕の肩に頭をもたれさせて来た。
「...but I love you more than anyone」
飛行機のエンジン音にかき消されてしまったので、自信はないが、そう言われ
た気がする。
いつもこうして僕の心を弄ぶ、倉田さんの魔法の言葉。