学生時代、僕には二つ上のあこがれの先輩がいました。
髪が長くて、ちょっと色黒で、ジーンズ姿がとても似合う人でした。
僕は、どちらかというと冴えない、イケてない男でした(今でも)が、なぜか先輩は
何かとよくしてくれて、飲み会なんかも、「田中くんも来るよね」と声を掛けてくれ
たりして、ギリ、仲間はずれにならずに済んでいました。
飲み会にいっても、先輩は、特に僕としゃべるわけでもなく、ほかの人たちとワイワ
イやっているのですが、たまに僕のところにやってきて、「田中くん、飲んでる?」
と声をかけてくれる程度でしたが、それだけで、僕は嬉しかったのです。
そんな感じで、3ヶ月ほど経ったころ、図書館で調べものをしていたところに先輩が
やってきて、
「田中くん、ちょっと、顔を貸してくれる?」
「ぼ、僕ですか?」
「ほかに、田中くん、いないと思うけど」
そういうと、先輩はスタスタと歩き始め、僕は本や教科書もそのままに、先輩の後
を追いました。
つれて行かれたのは、誰もいない喫煙所でした。
先輩は、細くて長いタバコを一本取り出し、カチリとライダーで火をつけて、吸い
込み、煙を吐き出しながら、言いました。
「田中くん、ちょっとは、身なりを考えなよ」
僕は、何を言われているのか、咄嗟にはわからなくて、黙っていると、先輩はタバ
コの先で僕の腰の辺りを指しながら、
「ねぇ、どうして、いつもパンツ、だぶだぶかなぁ。それとシャツは、パンツから
出してくれる?」
漸く、先輩が、僕の服装の話をしているのだと、気づいた僕は、しどろもどろにな
って、
「あの、僕は、ぴっちりしたの駄目なんです。股間が締めつけらるの、好きじゃな
いし。シャツも出しちゃうと、お腹が冷えそうで・・・」
「お前は、子供か・・・」
そういうと、先輩は、僕のシャツを勝手にズボンから引っ張り出して、
「ほら、こうした方が、いいじゃん。君を見てると、私が、恥ずかしくなっちゃう」
僕の服装が、先輩とどこでどうつながっているのか、よくわかりませんでしたが、
先輩はタバコを消しながら、ひとりで、うん、うん、と頷くと、僕はこれからシャ
ツをズボンから出すことを約束させられ、その日は無罪放免になりました。
しばらく経って、僕が、無理をして、キツキツのジーンズを履いて学校に行った日で
した。先輩は、駅で僕を目ざとく見つけ、つかつかと歩み寄ってきて、
「ほら、いいじゃない。田中くん、背が高いんだから、その方が似合ってる」
そう言うと、先輩は、僕と腕を組むと、僕を促して、学校へと歩き始めました。
どう考えても、不釣合いな二人が並んで歩いているのですから、僕はとても恥ずかし
くなりました。
でも、先輩はそんなことはお構いなしに、校門へと入って行きます。校舎の前で、別
れるとき、
「田中くん、今日は何時まで?」
「2時半には、終わると思いますけど」
「私は、4時まであるから、図書館で待ってて」
先輩は、それだけ言うと、僕の都合も聞かずに、朝の講義のある校舎へと向かって
いきました。
先輩が、何を考えているのか、よくわからない中でも、待っていろ、と言われて、
嬉しくないわけがありません。
午前の授業を受けて、食堂でひとり、ラーメンをすすっていると、うしろかから、
ポンっと背中を叩かれて、耳の後ろから
「4時ね」
と言われて、顔を上げると、そこには先輩が食堂から友達と歩いて出て行く、後
姿がありました。
「いくよ」
図書館でそう声を掛けられると、いつの間にか、先輩が僕の隣に立っていました。
バタバタと、本やノートをカバンにしまい込み、僕が立ち上がると、先輩は、再
び僕と腕を組み、図書館を後にします。
駅までの道すがら、先輩が唐突に、
「すき焼きでいい?」
と聞いてきます。僕が、曖昧な返事をしていると、
「お魚、好きじゃないでしょ?」
と断定的な質問をかぶせてきます。
確かに、その通りではあるのですが、どうして先輩がそのことを知っているの
か、僕にはわかりません。
電車に15分ほど揺られた駅で降り立つと、先輩は僕を連れて、商店街に入って
いきます。
手際よく、次々と肉や野菜の買い物をして、商店街を抜けると少し古いマンシ
ョンがあり、
「ここが、私の下宿です。覚えておいてね」
それだけ言うと、先輩は、僕を連れて入りました。
女性の部屋にしては、あまりカラフルではありませんでしたが、きちんと掃除
が行き届いている1DKの部屋でした。
「何か、飲む?」
「トイレは、そこだから」
「テレビでも、見ていて」
先輩は、僕に伝えることだけ伝えると、腕まくりをして、キッチンに立つと、
食事の用意を始めました。
僕は、ここで何をしているのだろう。どうしてここにいるのだろう。テレビ
の音も耳に入らずに、そんなことを反芻しながら、待っていると、先輩が、
食卓にすき焼き鍋と肉や野菜をきれいに盛り付けた大皿を次々と並べ、
「味付けは、任せるからね」
と言ってきます。
僕が、すき焼きを作っている間に、先輩は、トントントンと包丁の音を響か
せて、冷たい前菜をつくり、僕の前に並べます。
ぐつぐつと鍋が煮えたころ、先輩は、僕と向かい合わせになって食卓につき、
さっさと肉や野菜を取り分けていきます。
「いただきます!」
先輩が、胸の前で、手を合わせとき、やっと、僕は、
「倉田さん・・・、これは・・・」
少し、沈黙があって、
「田中くん、こうでもしないと、前に進まないでしょう」
「あの・・・、前に進むって?」
「だから、私たちのことよ」
「・・・倉田さん、本当に申し訳ないんですけど、僕には、話が見えてな
くて・・・」
そう言うと、倉田さんは、ちょっとため息をつき、箸を置いて、正面から
僕を見据えると、小声で、
「この、鈍感」
と言った。
「田中くん、私のこと、好きでしょう?」
「・・・はい」
「私が、田中くんのこと、好きなのもわかっているでしょう?」
「・・・いや、すごく親切にしてもらってる認識はあるんですけど・・・」
「どこの世界に、好きでもない男に、こんなに親切にする女がいると思う?
もう、知り合って3ヶ月だよ」
「いや、でも・・・、僕はこれでも自分のこと、わかっているつもりで・・・、
その・・・」
「ちっとも、わかってない! 田中くん、わかりやすいから、私の方が、
わかってると思うけど、自分では、ちっともわかってない!」
「・・・そ、そんなもんですかね?」
「そんなもんです! いい? 田中くんは、私のことが好きなの! 私は、
それ以上に田中くんのことが、好きなの! そこんとこ、わかってる?」
『うわ、それ、そんなにストレートに言っちゃう?』僕の気持ちは、図星
だったが、倉田さんは僕のことをそう思っているなんて、思えるわけがな
かった。
「でも、人の心の中までは、読めないから・・・」
「あんた、ばかぁ?」
エヴァのアスカが言うように、倉田さんは呆れた感じで僕に言った。
「でも、でも、倉田さんは、どうして僕が倉田さんを好きだって、言い
切れるんです?」
「好きじゃないの?」
「いや、そうじゃないです、その、好きは、好きですけど」
「ほら、ごらんなさい」
「いや、僕が言いたいのは、どうして、倉田さんは、僕の気持ちがそん
なにわかってるって、自信をもっているのか、ってことなんです」
「だって、私、ずっと田中くんのこと見てたもん。バイトは、何曜日と
何曜日か、毎日の授業の時間割、全部知ってるよ。」
「倉田さん・・・、それって」
「ストーカーって言いたい?でも、人をホントに好きになったら、
みんなストーカーになると思う。違いは、それが、相手を不快にさせる
か、どうかの違いだけだと思う」
「でも、どんなに見てたって、僕の心の中までは、見えないでしょう」
「見えるよ。人の言動っていうのは、心を映し出してるものなんだから。
田中くん、谷口さんも好みでしょう?」
倉田さんの観察力は、とにかくずごい、の一言に尽きる。僕が、何も言
えなくなって、黙っていると、
「ねぇ、今日、泊まってくよね? パジャマ買っておいたけど、歯ブラシ
忘れちゃった。 私のでいいよね?」
正直なところ、ちょっと怖さも感じたけれど、僕は黙って頷いて、少し
煮詰まって、味が濃くなったすき焼きをつつき始めた。
お風呂から上がって、二人でベッドに横になると、倉田さんは、自分から
パジャマを脱いで、次に、僕を裸にすると、優しく口づけをして、僕の
ジュニアを柔らかく手で包んでくれた。倉田さんの細い指で、にぎにぎ
されるだけで、僕のは痛いほどに怒張し、ゴムを被せてもらうと、倉田
さんに導かれて、一気に根元まで入っていった。入った瞬間、倉田さんは
しっかりと僕の首に抱きついて、離れようとしなかったが、暫くすると
動くよう促されて、動くと、あっという間に果ててしまった。
ゴムを始末しようと、ティッシュで包むと血がついていた。僕は、自分
の血かと思って、一瞬焦ったが、そうではなかった。
驚いたことに、倉田さんは、初めてだった。
「今日は、ナプキンしとくね」
倉田さんは、ショーツを履きながらそういうと、お互いにパジャマの上
だけを着て、抱き合って眠った。
翌朝、目を覚ますと、倉田さんはもう起きていて、朝食の用意をしてい
た。
「おはよう・・・、ございます」
「あ、起きた? 朝ごはん直ぐにできるから、顔でも洗ってて」
そこには、いつもの倉田さんでありながら、僕たち二人の朝食を作る
倉田さんが居た。
「だらしないお付き合いは、いやなの」
僕たちの交際は、こうして始まったが、倉田さんには、最初にそうい
われた。
「平日は、学生の本分を全うして、週末は、一緒に過ごしましょう」
僕は、倉田さんのことが好きだったし、憧れの人でもあった。人とし
て、尊敬もしていた。だから、倉田さんに嫌われたくなくて、忠実に
それを守るようにした。
周りに付き合っていることが、ばれないようにするのかと思っていた
ら、そうではなくて、駅で会えば、腕を組んでくるし、食堂でひとり
で食べていると、僕のところにやってきて、一緒にご飯を食べた。
友達にも僕のことを彼氏だと公言して憚らないようだった。
週末は、倉田さんと過ごしたいので、平日は、勉強とバイトをどれ
だけ効率的にやるかに励み、いつも週末がくるのが、待ち遠しかった。
最初は、とてもおとなしいセックスだったが、お互いにだんだん慣れ
てくると、かけがえのない愛の儀式になっていった。唇を合わせる
だけの口づけから、舌を絡め合って、吸い合うディープキスに変わり、
倉田さんを何度も絶頂に導くまで、僕は漏らさないでいられるように
なってきた。
「田中くん、そこっ! あぁ、いい! あ、あ、あ、あ、イク、イク、
イッちゃうー!」
倉田さんは、僕の指で、唇で悶え、肉棒を受け止めては、登りつめた。
そして、僕たちは抱き合って、ぐっすり眠った。
全てが幸せだった。あの日までは。