高3になって直ぐ、僕は、友人の高木と大学のオープンキャンパスに出かけた。
周りにほとんど何もない駅で降りて、線路沿いを歩いていくと校門に辿り着いた。
校門横の守衛室で、来訪者バッジをもらい、学内をウロウロしていると、
「ねぇ、君たち、高校生?」
と派手な顔立ちのお姉さんに声を掛けられた。
『学生服を着た男二人がウロウロしているのだから、応援団でもない限り、高校
生だろ』と心の中で悪態を吐いたが、
「はい、来年受験しようと思って、見に来てるんです」
とニッコリ笑ってみせた。
どうせ、この人も高木を見て声を掛けてきたのだろう。僕は、いつも二人組のイ
ケてない方なのだから。
「ねぇ、君たち、何て名前?」
明らかに、視線は、高木を捉えている。
「オレ、高木っていいます。それと、コイツは田中」
「そう・・・、高木くんって言うんだ・・・」
凄くきれいなお姉さんだっただけに、僕はちょっと寂しかった。
「あたし、谷口って言うんだ。弓道部。来年受かったら、ウチにおいでよ」
「あざーっす」
調子よく、高木が合わせている。弓道なんか、死んでもやらないくせに。
「案内してあげるから、ついておいでよ」
谷口さんの言葉を受けて、高木が、僕を振り返り『どうする?』って目をするの
で、僕は顎をしゃくって、行けって、言ってやった。僕が、格好良く生まれてこ
なかったのは、アイツのせいじゃない。高木は、声に出さずに『あとでな』と口
だけ動かして、谷口さんについていった。
「たーなーかーくん」
振り返ると、声の主は、さっきとは違う雰囲気の、これまた、きれいなお姉さん
だった。名前を呼ばれて、びっくりする僕に、
「ごめん、さっきの話、聞こえちゃった」
「・・・」
「ツレの彼、戻ってくるまで、お茶する?」
「え? 僕とですか?」
「ここには、田中くんと私しかいないと思うけど」
「・・・」
「行くの? 行かないの?」
「・・・は、はい、行きます」」
やっと、返事をすると、お姉さんはくるりと背を向けて、歩き出したので、僕は、
遅れないように、慌ててそれについていった。
連れて行かれたのは、学内の喫茶室だった。
「コーヒーでいい?」
「いえ、コーヒー、ダメなんで、紅茶で」
「ふぅん」
もの珍しそうに、僕を見つめると、お姉さんは立ち上がり、カウンター越しにホ
ットティーを二つ注文すると、トレイに乗せて戻ってきた。
「田中くん、いくつ?」
「17です」
「・・・やだ、お砂糖」
マンガみたいな勘違いをしてしまって、僕は真っ赤になった。自分では見えな
いけど、顔から火が出る思い、ってやつだ。
「きみ、いいヤツだね」
「はい?」
「さっき見てたんだ」
「はぁ」
「一緒について行ってもよかったのに、高木って子、一人で行かせてあげてた
よね」
「ええ」
「えらかったよ」
「・・・ありがとうございます・・・」
「食べ物は、何が好き?」
「お肉ですかね・・・、すき焼きとか、かつ丼とか・・・。魚系はちょっと・・・」
「そうなんだ・・・、映画は?」
「え? はい?」
「だから、どんなのが好きなのかって、訊いてんの」
「あ、えーっと、アクションとか、ホラーとか、ですかね」
「ふぅん・・・」
暫く、沈黙が続き、やがて、お姉さんは紅茶を飲み干すと、
「ねぇ、田中くん」
「はい」
「質問、私からばっかりだね」
「ええ、まぁ」
「どうして、私のこと、訊かないの? 興味ない?」
「いえ、そんなこと・・・」
とは言うものの、質問が出てこないと、
「私、倉田っていうの。英文の2年」
「くらたさん・・・」
その時、携帯が鳴った。高木が、僕を探していた。校門で落ち合う約束をして、
電話を切ると、僕は倉田さんに紅茶のお礼を言って、席を立った。
「田中くん 来年、ウチ受けるんでしょ? 受かったら、一緒に映画、見に行こ
っか?」
僕は、倉田さんに、ぺこりと頭を下げると、高木の待つ校門へと急いだ。
倉田さんとは、それっきりだった。
しかし、合格発表の日、帰り際に、校門で立っている倉田さんに出会った。
「おめでとう!」
倉田さんは、目ざとく僕を見つけると、声を掛けてきた。
「ありがとうございます」
「長かったよ、連絡くれないんだもん」
「え? でも、どうやって・・・」
倉田さんは、小首をかしげて、僕に近づくと、おもむろに僕の制服の胸ポケット
に指を突っ込むと、二つ折りの小さな紙を取り出した。
「この、鈍感!」
開いて見せられた紙には、きれいな文字で『クラタ 090-XXXX-XXXX』と書かれ
ていた。
「いつの間に・・・?」
唖然とする僕に向かって、倉田さんは唐突に告げた。
「私、見たい映画、あるんだ。 つきあってよ」
連れて行かれたのは、フランス映画で、何が面白いのかさっぱりわからない映画
だった。
映画の途中で、倉田さんは、カバンから何かをゴソゴソと取り出すと、膝の上で、
銀紙に包んだサンドイッチを広げた。
「ちょっと、つぶれちゃったけど、食べる?」
ちょっと、と言うのには寛容すぎるつぶれ方をしたサンドイッチだったが、僕は
気づかないふりをして、手を伸ばした。
「いただきます」
一口頬張ると、それは不思議な味で、鶏肉とマヨネーズとジャムの味が口の中で
広がった。
ここは、感想を言うところだが、僕は迷った。正直であるべきか、当たり障りな
く、スルーするか。
「おいしいですね」
咄嗟に、僕は、後者を選んでしまった。後々、この感想は真実に変わるが、この
段階では、僕にとっては、食べたことのない不思議な味だった。
「よかった・・・、料理下手だと思われたら、ちょっとショックなところだった」
『ナイス、チョイス!』僕は、心の中でガッツポーズをした。
映画館の中で、顔があまり見えなかったのが、幸いしたらしい。
倉田さんは、僕の表情一つで、嘘を見破るので、危なかった。
ただ、ふた切れ目を口にしたとき、最早、最初の違和感はなく、寧ろその味は、
僕の口に馴染んでいた。
『ん? これは・・・、悪くない?』
もっと先になるが、これがチキンではなく、ターキーだと教えられたころ、僕
は、もうこの味に病みつきになっていた。
眠ってしまわなかったのが、奇跡だった。
なんとか無事に、覚醒したまま映画館を出たところで、倉田さんから、お茶を
飲んでいこうと誘われた。
「ダージリンを二つ」
倉田さんは、勝手に僕の分も注文すると、僕の目を覗き込みながら、
「どうだった?」
と訊いてきた。
ほらきた・・・、万事休すだ・・・。子供だと思われるのは癪だが、正面から
見つめられながら、いい加減なことを言うと、全て見透かされてしまう。
僕は、意を決して、
「あの・・・、僕には難しすぎて、どこがおもしろいのか、よくわかりません
でした」
倉田さんは、ちょっと意外そうな表情を見せて、直ぐに目を細めると、
「ふぅん」
と言うと、紅茶をひと口啜った。
「よかった・・・。 面白かったって言われたら、趣味、合わないなぁ、って
思っちゃうところだった」
今度は、僕が驚いた。
「え? でも、倉田さん、見たい映画だったんですよね?」
「うん、そうだよ。でも、どんな映画なのか、知らなかったもん」
やっぱ、この人、変わってる。そもそも、高木と僕を見比べて、僕と映画にく
るチョイスが間違っているが、兎に角、僕は、胸を撫で下ろした。
だが、そこで、油断した。
「倉田さんは、どうして、僕なんかを映画に誘ってくれたんですか? ひょっ
として、高木を紹介して欲しいとか」
本当は、誘ってもらって、嬉しかったのに、照れ隠しで、心にもないことを言
ってしまった。
倉田さんは、一瞬、暗い表情を見せたが、直ぐに笑って、
「そうだね、帰ろっか?」
と言って、伝票を持って立ち上がり、二人分の紅茶代を払ってくれた。
店を出ると、小雨が降っていた。
「直ぐだから、濡れて行こっか? 折り畳み、持ってるけど、私、傘を濡らす
の好きじゃないんだ」
倉田さんは、そういうと、僕の返事を待たずに、駅に向かって小走りに駆け出
し、僕はそのまま、それを追った。
駅に着いたとき、倉田さんが、目尻を指で拭いたような気がしたが、それが雨
粒だったのかどうか、わからなかった。
「今日は、つきあってくれて、ありがとね。」
僕が、何も言えず、首だけでお辞儀をすると、
「じゃあ、またね」
そう言うと、倉田さんは、小さく手を振って、一人で改札口を通って行った。
素敵なお姉さんとの僕の淡い恋は、瞬く間に終わった。
雨に濡れたせいかどうかわからなかったけれど、帰りの電車の中で、僕は寒
気に襲われ、その日から熱を出して、寝込んだ。
熱に浮かされながら、倉田さんと映画を見たのが、夢だったような気がして
きたが、喫茶店での最後のシーンが頭の中で何度もリプレイされて、僕はベ
ッドで泣いた。
熱が下がってから、何度も倉田さんに電話をしたいと思ったが、逡巡してい
るうちに、下宿探しと引っ越しに忙しくなり、気がついたら、入学式の日を
迎えていた。
駅から線路沿いを歩いて校門に辿り着くと、校門の傍に立っている、倉田さ
んを見つけた。
倉田さんは、僕のところに歩み寄ると、
「英文3年の倉田です。入学おめでとう。今日からよろしくね」
それだけ言うと、僕が歩いてきた線路沿いの道を駅に向かって歩いて行った。
今日は、まだ、講義は無いはずだ。
倉田さんは、映画の日、ちょっと拗ねて帰ってしまったことを後悔しながら
も、ずっと電話を待ってくれていたらしい。倉田さんは、自分の気持ちをあ
まり種証ししてくれないので、確信はないが、倉田さんは倉田さんで、あの
日をリセットしたいと思っていたようだ。
それでも電話がないので、流石の倉田さんも弱ってしまって、入学式の日に
朝から僕を待ってくれていたらしい。
僕の考えていることなんて、いつもお見通しの倉田さんなのに、この時ばか
りは、ちょっと自信を無くしていたみたいだった。
兎も角、その日が改めて、僕と倉田さんの出会いの日になった。
【おまけ】
-高木と谷口さん-
高木はあれから直ぐに、谷口さんと連絡を取り合って、合体したらしい。
谷口さんは、見かけ以上に巨乳で、およそ、弓道には不向きな体型だった
という。
ただ、乳首が長くて、クリも大きくて、感度抜群なんだけど、あまりにも
性欲が強すぎて、さすがの高木もちょっと引いたらしい。
「高木くん、もっと、そこを強くして・・・、そう、そう、もっと、もっ
と・・・、あっ、イクッ!」
高木が、焦らそうとして、イク寸前で止めると、マジで怒ってしまって、
『もう、いい!』
と服を着だしてしまったので、慌てて、抑えて、ぶち込んで、何度もイカ
せて、やっと機嫌が直ったそうだ。
それでも、谷口さんは収まらなくて、立ちバックで、長く勃ちきった乳首
を弄びながら、突きまくると、よだれをたらしながら、奇声を発して、ベ
ッドに倒れこむと、暫く、びくびくと身体を震わせていたそうだ。
そんな高木が、珍しく、弱音を吐いた。
「大学生のお姉さんって、コワイ・・・」