父は、私を男の子戻そうとしましたが
私は、スポーツで鍛えられましたが
筋肉は、つきませんでした。
父に鍛えられてる時も一段と女の子らしい下着と服を着てました。
母は、私が日焼けしないように日焼け止めなど塗ってくれてました。
薬は、飲み続けてました。
父は、私が女の子らしさが増していくのに諦めてしまいました。
その後は、もう何も言わなくなりました。
中学生活では、男子から長髪が羨ましいがられるのと
男子より女子と仲良くしてるのを羨ましいがられるようになってました。
担任の女の先生は、私の長髪だけが気に入らないとことあるときに言われてました。
担任は、九州出身で
男は、男らしく
女は、女らしくと昔ながらの人でしたが
私は、入学当初制服の下に着ていた下着お男物でしたが
それが嫌で女物の下着を着て行くようになり
男子と遊ぶより女子といることが多くなり
胸が出て来てからブラも着けて行くようになり
目立たないようにブラが透けないように女子と同じようにタンクトップで隠してました。
学校でトイレは、何時も個室を仕様してました。
タチションは、それまでもした記憶が有りません。
薬で入学したときより中性的な顔つきから女らしい顔つきになっていきました。
夏休み前の体育の水泳では、健康を理由に見学して泳ぎませんでした。
夏休みになって友達の女の子とプールに行く時は、同じような服装で水着も同じスクール水着を着て泳ぎました。
股間は、もう目立たない工夫をするようになってました。
更衣室も女の子と一緒でした。
海水浴に行く約束たときは、すスクール水着じゃない水着を約束しました。
母と水着を買いに行くと母とお揃いとちょっと大胆な水着を母が選んで買いました。
海水浴は、母にその大胆な水着を着なさいと持たされて泳ぎに
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