本番のステージが始まりました。
他のみんなは、暑いと言っていましたが、
文化ホールの中は、思ったよりも涼しくて、
気持ちよかったです。
今日は、スカートをはいているので、
特に太ももがすごくスースーしました。
僕は、ここに来る前に、
F県のコンクールに出たことがありましたが、
今度のT県の予選の方が、上手な合唱団が、
いっぱいあると思いました。
F県の学校では優良賞(3位)で、
最優秀賞(1位)にはなれず、
県代表にはなれませんでした。
T県は、予選と本選があって、
参加する学校も多いみたいなので、
すごく大変だと思いました。
予選で選ばれた何校かの学校が、
別な地区の予選で選ばれた学校と一緒に、
来週、本選をして、そこで
県代表校を決めるそうです。
ぼくは、何となく不安になってきました。
こんなにたくさんの上手な学校があるのに、
僕のピアノが間違えて、
予選でダメだったらどうしようと、
順番が近づくにしたがって、
何だか不安になってきた僕でした。
演奏が終わって、次の演奏が始まるまでの間、
ぼくは、何だか落ち着かなくて、
思わずスカートをばさばさしてしまいました。
休憩時間になりました。
ぼくがロビーにいると、知らない方から、
「さっきは、ステキなピアノ伴奏だったね。
素晴らしかったよ」
と話しかけられました。ぼくは思わず、
「ありがとうございます。
ほめていただいて、ありがとうございます」
と言いました。
「あなたは、何年生なのかな?」
「5年生です」
「そうなんだ。まだ5年生なのにすごいね」
いっぱいほめられて、
何だか恥ずかしくなってしまった僕でした。
「ユニフォーム姿もかわいいね」
「ありがとうございます」
ぼくは、その人と握手をしました。
見ず知らずの人から声をかけられて、
ほめてもらったこと、
すごく嬉しかったです。
「ゆうさん…」
A先生が後ろから声をかけたので、
びっくりしました。
「この先生はね、○○先生といって、
すごく有名な先生なんだよ」
ぼくは、びっくりしました。
そんな先生から、いっぱいほめていただけるなんて…。
「A先生、この女の子の伴奏、すごいね…」
A先生とその先生が、今度は話しています。
あ、さっき、その先生が女の子って言ってくれた…、
この先生は、僕が男の子だと言うことは、
もちろん知りません。
ぼくは、みんなから女の子に見られている、
何て幸せなことなのでしょう。
「ゆうちゃん…」
ふと見ると、ぼくの両親と校長先生が、
そこにいました。
合唱団の演奏を、聴きに来て下さったのです。
ぼくは、もっともっと嬉しくなりました。
何だか、勇気がわいてきたんです。
「ゆう、今日は、休みを取って、
ゆうの演奏を聴きに来たよ」
パパが言いました。
「ゆうちゃん、頑張ってね。
応援しているわよ」
ママも言いました。
パパは僕のことを呼び捨てで呼びますが、
ママはちゃん付けで呼ぶことが多いです。
ちゃん付けで呼ばれるのは、
男の子の時はすごく恥ずかしいし、嫌でしたが、
今は女の子なので、不思議と、
嫌な感じはしなかったのです。
「今日はご苦労様。ユニフォーム姿、
すごくよく似合うよ。
本物の女の子と同じくらい、かわいいよ」
校長先生がほめてくれました。
「今日は、期待しているからね」
いろいろな人にほめられて、
そして声をかけられて、
さっきまでドキドキしていた胸の中が、
何だか、急に落ち着いてきた感じがしました。
「後半開始、5分前になりました…」
館内放送が流れました。
ぼくは、まだトイレに行ってなかったことを思い出して、
急いでトイレに向かおうとしました。
「ゆうさん、トイレなら、中ホールのトイレが
すぐ近くだよ」
A先生が教えてくれました。
ちなみに、ぼくたちが今日、
予選をしている会場は大ホールです。
ぼくは、先生が教えてくれたトイレに行きました。
トイレには誰もいなかったし、
時間もなかったので、ちょっぴりあわてていました。
あせっていた僕は、何と、男子トイレに入り、
思わずスカートをめくって、
小便器で立ちションをしていました。
今日は女の子って分かっていても、
どうしても、男の子の癖が抜けないところがあります。
トイレに誰もいなくて、
誰も来なくて、本当によかったです。
おしっこが便器に当たってから、はっと気がついて、
「こんなところ、誰かに見られたらどうしよう」
と、ドキドキしながらトイレを済ませました。
いよいよ、後半の部が始まります。
不思議なことに、僕の中からは、
さっきまでのドキドキや不安な気持ちは、
全部どこかに消えてなくなっていたんです。
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