男とセックスをしてしまった。
呆けたように快楽の余韻に浸っていると、上遠野がゆっくりと体を起こし、くったりと萎えて力を失った上遠野のチンポを引き抜いた。ズルズルと中から抜かれる感覚が心地良い。
横の寝転がる上遠野のゴムの付いたままチンポを見つめる。白濁した汁で満たされたゴムが垂れている。
このチンポが、今まで俺に挿入ってたんだ。俺を気持ちよくしてくれたんだと、まだぼんやりしている頭でそう思った。自分でゴムを処理しようとする上遠野より早くチンポからゴムを外して口を結ぶ。その辺にあったティッシュに包んでゴミ箱に放って、上遠野の股間に顔を埋める。
「っ、小川さん!?」
上遠野の焦ったような声が聞こえたけど、俺にはやらなきゃいけないことがある。
硬度を失ったチンポを労るように唇を落としていく。気持ちよくしてくれてありがとう、頑張ったな、よくやった。気持ちよかったよ。
先端からタマに至るまでちゅ、ちゅ、と優しく。
そして残った精液を搾り取るべく、咥内に迎え入れた。根本まで咥えこんで、頬を窄ませながらじゅる、と吸い込む。
「ちょ、おがわ、さんっ」
いわゆるお掃除フェラだ。残ザーを吸い出してごくりと飲み込んだ。しょっぱくてえぐい。でも俺とセックスして出してくれた精子なんだから、俺が飲むのが筋なのだ。
見上げると、上遠野がまた顔を手で覆ってOMGとでも言わんばかりに天を仰いでいた。
さすがに(一度は射精してないとはいえ)二回もイくと脱力感に襲われる。ホワホワした気持ちも少しずつ落ち着いてきて、やっと自分のゴムを処理した。なかなかの量が出てる。気持ちよかった。めちゃくちゃ気持ちよかった。本物のチンポってすごい。
「……小川さん」
上遠野の恨めしそうな声がする。
……そういえば俺、今とんでもないことしなかったか? さっきまで初めてのトコロテンの余韻で頭が浮かれていて、当たり前のようにお掃除フェラを披露してしまった。もちろん生まれて初めてだ。
でも、そんなのノンケの(俺もだけど)こいつにとってはめちゃくちゃ不快なことなのではないか。
今更ながらその可能性に行き当たって、やばい、と思い始めた。
「いやー……すまん、気持ち悪かったよな。ついうっかり」
「うっかりでフェラするんですか小川さんは!」
「なんかめちゃくちゃ気持ちよかったからトんでて……頭おかしくなってた……ごめん……」
「本当に初めてなんですよね?」
「は?」
「男とヤるのも、フェラも、初めてなんですよね? あんなにエロかったのに」
「エロかったかは知らんけど、初めてに決まってるだろ」
あんなの一度味わったら引き返せない。身持ちを崩しかねない。
……まあ、たった今経験してしまったんだけど。大丈夫か、俺。
一回だけ本当のチンポを味わってアナニー卒業のつもりでいたけど、今日のそれは本当に気持ちよかった。
うん、冷静に考えたら本当のチンポを使ったアナニーってホモセックスだわ。浮かれてて気付かなかった。
引き返せるのだろうか。というか、もう既に引き返せない一線を越えてしまったのではないか。
今更頭を悩ませていると、
「もう一個聞いていいですか」
と上遠野が真剣な表情で聞いてきた。お互いフルチンなんだけど。
「うん」
「なんで俺だったんですか? 俺との仲なら、壊れてもいいと思ったんですか」
「お前だったら壊れないと思ったんだよ」
これは本当だ。今思えばバカな計画だが、快楽の前に我を失った俺は、身の回りの人間から候補を探そうとして、上遠野一択だな、とすんなり決めた。
「だって……例えば多岐川さんとか、浜野さんとか仲いいじゃないですか」
俺の同期の名前を出されて思わず噴き出しそうになった。
「多岐川はこの部屋は出禁食らわしてんだって……マッチョだから暑苦しいし、じっとはしてくれないだろうから、乱暴なことされそうだし、浜野にそんなこと頼んだら絶対に一生強請られるじゃん!あんな陰険メガネは、弱みを握られるのは絶対にやだ」
「じゃあなんで俺なんですか?」
「だから、お前なら付き合い長いし、俺の情けないところいっぱい見せてるし、いつも助けてくれるじゃん。お前なら悪いようにしないと俺はお前のこと信じてるから」
「はぁ……」
上遠野はまた溜息をついた。
「もう、さっきも言ったけど、小川さん、ほんとそれです」
「どれだよ」
「小川さんの『信じる』ってやつ……」
呆れられたのかと思ったけど、目元を覆った手の下から覗く上遠野の口元は笑っているようだった。
上遠野と俺の出会いは俺が高校二年の頃のサッカー部だった。ポジションも同じMFで、ついこの間まで中学生だった初々しい上遠野に練習のことや部活内での立ち居振る舞いについて教えてやりながら、楽しく過ごしていた。
学生にとって、部活内での人間関係の占めるウェイトはでかい。先輩に気に入られるかどうか、同級生とうまくやれるかどうか、それで部活の楽しさが変わってくることだってある。
俺はどちらかというと当時から「力の掛け方を間違えない」を信条としてやっていて、手を抜けるところは抜く。ただし、人に咎められない程度に。それを心がけていた。人間関係でもなるべく摩擦が起きないように、のらりくらりと生きていた。
それに対して上遠野はわりと真面目で、言われたことは言われた通りに受け取るし、先輩から言われれば素直に実行する。キツめの練習でも。
そんな上遠野には、大して活躍していない俺のサッカーのテクニックよりも、先輩の攻略法を教える方が役に立つのではないかと思った。
俺がうまく手抜きしたり避けたりしていたことに正面からぶつかる少し不器用な上遠野に、もう少し肩の力を抜けよ、とアドバイスをしてやったり、逆に上遠野に感化されてもう少し真面目に取り組むか、と手を抜きがちだったトレーニングとまともに向き合ったり、互いに影響し合っていた。
上遠野が入部して半年後、俺は次期部長に抜擢された。ちゃらんぽらんで人と摩擦のない付き合いをする俺が上遠野の影響によって少し真面目になったことで、教師や先輩方の間でウケがよくなったらしい。
頼まれたからには引き受けるしかないと思っていたが、部長という役職は想像以上に大変だった。単純にやることは多いし、人間関係にも気を配らないといけない。
人の間に立ったりうまく手を抜くことは得意だと思っていたが、さすがにキャパオーバーしてしまったようで、ある日部内でトラブルが発生した。
一年同士の喧嘩で、どうやら長引きこじれて一年の空気が悪くなっているらしい。部長として介入せねばと双方の話を聞いたが、俺の摩擦を、もっと言えば面倒を避けるコミュニケーションは二人の堪に触ったらしく、むしろますます信用を失う結果となった。
「小川さんみたいに誰にでもいい顔して、その場限りの適当なこと言ってる人に言われたくないです」
後輩にそう拒絶され、他人にバレない程度に手を抜いてるつもりだったが、テキトー、そこそこ、それなり。そんな生き方は真面目に生きてる他人にはすぐバレるのだと悟った。
さすがに取り付く島もなく途方に暮れていると、上遠野が
「俺に任せてくれませんか」
と声を上げた。
「あいつら、引っ込みつかなくなって八つ当たりしてるんで。小川さんのこと、誤解してるんです」
だから自分が誤解を解いて、二人の拗れた関係も戻してみせると、そう言ってきた。
「わかった、信じる」
と俺はその問題を上遠野に託した。
自分ではもう解決できそうになかったのもあるが、上遠野を信じたかった。俺が二人に悪く言われていることを「誤解」だと、「解いてみせる」と言ってくれた上遠野を。
結果として上遠野は双方の言い分を聞いて、諍いを丸く収めた。
そもそもうちの学校は強豪校というわけでもなくて、俺が部長を務めた年だって前年度と同じ成績しか残せなかったが、上遠野が部長を務めた上遠野たちの代はトーナメントで俺たちの代の一つ上まで駒を進めた。俺は人を見る目があるなと自画自賛したものだ。(上遠野を自分の次の部長に推したのは俺なのだ)
俺が引退する頃には、入部した頃は四角四面なところがあった上遠野もだいぶ角が取れて、周りが見えるようになり、周囲からも信頼されていた。だから部長を任せるときも上遠野なら問題ないと信じていた。
そして引退後、俺は大学受験を経て上京した。大学ではサッカーのサークルに入って気ままに緩くプレーしたり、部活や受験でいっぱいいっぱいだった(モテなかったわけではない、はず)高校時代とは異なって彼女ができたり、童貞を捨てたり、あんなこと、こんなことをしているうちに次の春が来た。
と思ったら、上遠野が入学してきたのだ。学部まで同じだった。全然地元にも帰ってなかったので、一年ぶりの再会だった。これ幸いとサークルに勧誘して、またそれからしばらくして俺がサークルの代表になって、今に至る、というわけだ。
「小川さんは覚えてないかもしれないですけど、俺はずっと、小川さんの『信じる』に助けられてきたんです」
「……そんなの、俺だって覚えてるよ。もう長い付き合いだしさ。だからお前がいいと思ったんだよ……お前じゃないと、ダメだと思った」
「……そうですよ。小川さんには俺じゃないとダメです。絶対、今日、味占めたでしょ? 今日で辞められるんですか、アナニー」
「……いや……うん、辞める……気ではいるよ……」
思わず目が泳いだ。ついさっき、こんな気持ちいいの、病みつきになるって実感したばかりだ。
でも、上遠野には一回だけという約束で付き合ってもらった。上遠野以外の知り合いは論外。いよいよ俺も知らない人にお尻掘られるしかないのか。なにそれこわい。
「相手が俺だからよかったものの、同意なくやったら犯罪ですよ? わかってますか?」
「はい……親父が法学部だったので知ってます……」
「それ関係ないでしょ」
うん、関係ない。親父法学部だったけど弁護士じゃなくて普通のサラリーマンだし。俺も別に法学部じゃないし。実家で押し入れ開けたら六法全書が落ちてきて頭に直撃して、しかも間から親父の秘蔵のエロDVDが出てきたっていうエピソードが俺の鉄板ネタである。
上遠野なら優しいし俺の言うことを聞いてくれるのではないかと思っていたが、もし本当に嫌がられたら止めるつもりではあった。さすがに大事な後輩を失ってまで性欲を満たそうとは思わない。
「次からもちゃんと俺に連絡してくださいね」
「えっ」
次? 次ってなんだ。
「気持ちよかったんですよね? アナルセックス。小川さん絶対我慢できないですよ」
「ぐぬぬ……」
否定できない。快楽に流されやすくなかったら今ここで後輩とフルチンで対峙することにはなってなかったはずだ。
「大体、チンポっていう呼び方がもう挿入れられる側の呼び方ですよ……」
「それはさすがに人によるだろ!」
「いや、普通はちんこって言いますよ、普通の男子大学生なら」
「呼び方の自由くらいあるだろ、誰だって」
「まあそれは置いといて、小川さんがチョロすぎて心配なんですよ。またアナニーしたくなったら呼んでくださいね」
「なんで?」
「絶対アナニーじゃ足りなくなって、本物を求めてホモの出会い系に手を出して怖い目に遭うからです」
「俺のことナメてない!? 今日だいぶお前の信頼失ったな、俺……」
「大丈夫です。心配はしてるけど、なんだかんだで小川さんのこと尊敬してるんで、俺」
尊敬してくれているかわいい後輩の前で見せてはいけない姿をたくさん見せてしまった気がするが、上遠野は俺に説教しながらもなんだか嬉しそうだ。やっぱり犬の耳が見える気がする。
よくわからんが、上遠野に突き放されなくてよかった。無事目的は達成できた。気持ち良かったし。
「うん……とりあえずシャワー浴びてくるわ」
「終わったら俺も借りていいですか?」
「おー」
そして安堵していたこの頃の俺はまだ知らなかった。
程なくして上遠野が同じアパートの隣の部屋に引っ越してくること。
それからアナニーにするものの、やっぱり物足りなくなって、上遠野に頼った挙句毎晩のように上遠野のチンポで突かれるようになること。
ゴムがない時に、生のチンポを味わってしまい、生で中出しをしてもらうようになり、病気が怖いので風俗に行くことが禁止になったこと。
大学卒業後は高校の時と同じように上遠野にサークルの代表を引き継いで、就職した。
だが、上遠野が同じ会社に入社して、いつの間にか同じマンションに引っ越してきた。
その頃には上遠野と同じベッドで寝るようになっていた。
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