まず、離婚のゴタゴタで手放し処分した和装用品(白足袋、和装下着から着物、帯、草履まで)を、呉服屋さんやリサイクルショップで買い漁りました。
特に振袖が好きだったので30枚ほどは手にいれました。
この7年間で集めた膨大な着物、帯から小物にいたるまでは、今でも私のコレクションとして保持しています。
SM関連では、バイブや拘束具も手に入れました。
そして自ら股間をパイパンにし、それこそ猿のようにオナニーに明け暮れました。
さらに欲望がエスカレートしてくると、毎週末夜に着物で完全女装し、いわゆる発展公園などで立ちんぼまでしました。
着物姿が目立つため、外出すれば殆んど毎回ナンパされましたが、だいたいは女装子好きな親父に逝かされるパターンが多かったです。
そんな日々を送っていた、32歳のある日、ついに処女を失いました。
ある程度拡張していたので、激痛はありませんでしたが、まだまだ開発途中のアナルでは快感を感じることも出来ず、私の中では「処女喪失」という大事件の割りには記憶が定かではない部分があります。
特にこの時期は、今のようにネットが発達していなかったため、私の性癖を理解してくれる人に出会う事などほぼ不可能でしたので、結局は行きずりの親父に遊ばれるのが落ちでした。
ですから、7年間でもアナルに挿入されたのは数回程度、アナルで逝くなんて夢のような話でしたので、自然と外出する事が減り、自宅で変態プレイに興じるようになりました。
アナルを犯されてオンナにされたい、という願望が日増しに大きくなるのに反し、パートナーがいないという状況でしたので、オナニーでしか自分を慰められなかった35歳の時、今の家内に出会い、マンネリで頭打ちだった変態プレイは、女性とのセックスの快感に負けてしまい、しばらくの間、変態性癖から遠ざかることになります。
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