>(無名)様
嫌悪感しか無かったものが、ふとしたきっかけで180度ターンして好きになる、という事は往々にしてあると思います。
私の場合は、敢えて嫌なことをする事でマゾ性を刺激したかったのですが、もしかしたらチンポが美味しい、ザーメン飲みたい、となっていたかも知れません。
フェラや飲精が本心から好きになってしまうと、その行為自体はマゾの私にとってはご褒美にはなっても、辱めにはなりません。
辱めを求める私にとってはそれは興奮にはつながらないんですが、「チンポを舐めたいと思っている男」が自分であるという事実は紛れもなく真実であり、という事は、そういう変態に堕ちてしまった、と考えるとマゾとしては最高のシチュエーションではないでしょうか。
しかし、ゲイというのはDNAレベルで同性に恋愛感情を持つものだと思っているので、どれだけチンポが好きになっても、男が好きにはなれないと思います。
結果、好きな性別は女だけど、好きな性器はチンポという捻れが生じます。
私の究極の願望はここにあり、現在完全にそうではないけれど、かなりそちらに偏ってきています。
ですから、単純に愛情を感じるのは嫁であり、抱きしめたいと思う相手も嫁なんですが、どんなに頑張っても私のチンポは勃起せず、セックス自体が出来ません。
例え嫁にフェラしてもらったとしても、チンポ自体が不感症になったような感じで、気持ちよくないし射精にも到りません。
ですから愛しているはずの嫁相手では逝けないんです。
でもチンポがアナルに入ってきたら快感を感じて、トコロテンします。それも全く勃起していないチンポからです。
チンポが勃起していなくても射精すれば、逝った、という感覚はあります。
つまり愛している嫁(女)では全く逝けないのに、愛情の欠けらもない、嫌悪感さえ感じる男となら簡単に、何度も逝ってしまうんです。
私が思っている「男無しでは生きていけない」という状態は、性転換して女になるのでもなく、ゲイになって女に興味が無くなるのでもありません。
あくまでノンケのまま、女を愛し、女を抱いて射精したいという脳を持っていながら、男に抱かれた時しか射精しない身体になってしまっているという状況に憧れます。
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