私は、小学生から自分から女装を始めてた。
小学生になる前までは、母に女の子の服を着せられて
母のお店で看板娘をさせられてた。
家とお店が離れてたから
お店では、女の子を演じてた。
小学生になるからと男の子の服や下着と揃えられたが
着てみてなんだか嫌で母にたんので女装を家でも続けたいと頼んだら
その代わりに母のお店も女装して手伝いしてねと言われて
母の公認で女装が出来るようになった。
学校に行くときは、男の子服を着てと言われてた。
でも下着は、何も言われなかったから
女の子の下着着てた。
髪の毛も男の子より女の子みたいに伸ばしたままだった。
肩にかかるくらいだったょ。
学校から帰ると女の子の服に着替えて母のお店に手伝いに行ってた。
帰りは、母と銭湯に寄ってた。
もちろん母と一緒に女湯に入ってたよ。
同級生の女子も入ってたから
学校で男の子してるのに驚かれた。
クラスの女子には、女装を知られてた。
小さい頃から女の子してたから
女子と親しくなるのが早いけど
男子の友達ができなかった。
そして中学生になって普通の男子みたいに成長しなくて
女装するのには、好都合だった。
中学生になって母に女子の制服やその他のも頼んで買い揃えて貰った。
学校から帰ると女子の制服に着替えてお店に行ってお手伝い
銭湯もそのまま女湯に入ってた。
成長が遅いからムダ毛やアレも小さくてタオルで隠してたら何も言われなかった。
女子の制服着て銭湯に行ってるから
友達になってた女の子を私を同性として見てくれてた。
女性の裸を見ても興奮しなくなってた。
ただし私にも胸が大きくならないかなって見るようになってた。
同級生の女子がブラを着けだして私もブラを買ってもらい着けるようになって
少し胸が出たようになってた。
ホルモンなど飲んで無いから少し出ても貧乳みたいな胸
いっとき太るとブラのカップサイズが一つ大きくなってた。
お腹周りにもお肉が付いたのを必死に絞ってた。
ウエストだけ頑張ってたから
お尻には、脂肪がついて丸みが出て女の子みたいなお尻に
後ろから見たら女性みたいと母がニコニコしながら教えてくれた。
高校も同じようにしてた。
違ってたのは、バストアップのサプリとか
女性が取るようなサプリを買って飲みだしてた。
女性ホルモンか手に入らないから
それに変わる薬を考えてたら
更年期の婦人薬が少なくなった女性ホルモンの補助薬だからもしかしてと飲んでみたけど
決められた量だと効き目が無くて
2倍、3倍と増やしたら
3倍にしたら少しだけど変化が出てきてた。
高校を卒業して行きたい大学も無かったから
そのまま母のお店で働いてた。
そうなるともう男の服や下着など着なくなり
女性として生活になってた。
いろんなサプリや薬で男の成長が阻害されてた。
好きになる男の子は、何人もいたけど告白などしてなかった。
父も母もこんな私だから結婚や孫など諦めてた。
母のお店を継ぐとしても男だと無理なお店で女装してる私が継ぐのに好都合だった。
学生の頃からの女友達が常連客になってた。
その頃には、住んでた家も新しく建て替えてお風呂が有るから銭湯に行かなくなってた。
銭湯も潰れてしまってたけど
銭湯が無くなるからと家を建て替えることになったの
女友達は、次々と結婚して子供を産んでた。
そんな女友達の一人で銭湯に行ってた時からの幼馴染が
バツイチとなって戻ってきた。
まだ小さい娘を二人連れて
私のお店で働かせてくれないかと
母と私で切り盛りしてたけどもう母も年だからと
働いてもらうことにした。
子供も小さいから連れてきてもいい事にした。
看板娘になると考えてた。
私が小さいときの看板娘みたいな役目をしてくれたよ。
月日がたちお店が終わった後で飲みにいった時に
何気なく言ったことで私と結婚することになってしまった。
私は、男としても女性として生活してても男性に抱かれたことも無いし
女性を抱いたりもしたこと無かったから
普通の男にも戻るつもりも無い私で良いかと聞いて
それでも良いと子供たちは、まだ何もわからないまま
私の娘になってた。
こんな私だから式は、挙げなくて写真だけ
2パターン写してた。
私が男装しての写真と私もウエディングドレス着ての写真