毎年、寒くなり始めると家に遊びにくる。親戚の千秋ちゃん。
私は同級生の千秋ちゃんと、チョット変な関係になっています。
小4の頃、初めて家にきた時に一緒にこたつで、テレビを見てた時の事でした。
千秋ちゃんはとても無口な子で、会話もあまり交わさず、家族みんなしてコタツに入いり、静かにテレビを見ていた時はでした。
私の足のつけ根に千秋ちゃんの足がはいってきたのです。
千秋ちゃんの方を見るとテレビに夢中で気がついていない様子で、避けるのも口にするのも悪い気がして、気がつかない振りをしていました。
もともと気の弱い私は人にハッキリとものを言うという事が出来ない子だったのがいけなかったのだと思います。
その足は時より微かに動き、少しずつ奥へ奥へと入り込んできました。
はじめにハッキリと言えなかった私は今更、指摘する事が出来ず、気がつかない振りを続けなくてはならなくなっていました。
おかあさんや弟に気づかれない様に何事もない振りを続けていました。
千秋ちゃんの足の指は少しずつ奥へ奥へと入り込み私の割れ目にたどり着いて、下着越しに一番敏感な所に触れました。
私はピクっと微かに反応してしまい、足を閉じて千夏ちゃんの足を挟んで固まってしまったのです。
しばらくの間、気まずい空気が流れて、千夏ちゃんの足の指先だけが動きだして私のスリットをなぞり始めました。
私のクリトリスは指でなぞられる度に感じ始め、足が自然にモジモジと動いてしまい。千夏ちゃんは私の反応から私の一番敏感な部分を知ると、そこをばかりを刺激して来るようになり、千夏ちゃんの足の指の刺激が次第に気持ちよくなってしまい、足の力が抜けてしまい、千夏ちゃんが触り易いように逆に腰を突き出していました。
当時、オナニーすら知らなかった私は余りの気持ち良さに夢中になって足を開いてその場から動けなくなっていました。
お母さんと弟が買い物にでかけると千秋ちゃんは姿勢を変え寝返りをうって、寝そべりながら右足の指でスリットをしたから上にさすりはじめました。
私は仰向けになって、されるがままでした。
1時間近く刺激され、私は初めてイクという事を体験しました。
みほちゃん。なんか、おまたから水がでてるね。
私は顔を真っ赤にしながらも、更に千秋ちゃんの足の指に身を任せ続け、ただただ、イキ続けていました。
千夏ちゃんは弟が帰ってきても、止めずに刺激し続けるので私は座布団を噛みしめ必死で声を漏らさないようにこらえていましたが、お母さんが帰ってきた時にとまりました。
止まりはしたものの触れたままです。
私はもどかしくなり我慢ができなくなり、気持ちよくなりたくて自らあそこを押し付けてしまいました。
お母さんが部屋からでると、再び足の指の動き、あっという間にイってしまい、突然のことに思わず「あっ、あああ」と叫んでしまいました。
お母さんがどうしだのと叫んだので、「オシッコ」と言ってごまかし、トイレに駆け込みました。
あの時にはどきどきしました。
泊まってるあいだに何度か同じことをされたけど、お互いその話題はさけていました。
それからと言うもの毎年同じ事を繰り返していました。
私は毎年、泊まりに来てくれるのを指より数えて待つようになりました。
それからは泊りにきている間は決まって、千秋と私はコタツの同じ場所にすわり、1日同じ事を繰り返しし続けました。
5年の時にはパンツの中に指を入れられました。
既にその頃にはオナニーでいける様になっていて、オナニー中毒みたいになっていたので、前の年とは比較にならない気持ちよさに溶けてしまいました。
千夏ちゃんが好きで堪らなくなって、四六時中ひっついてました。
でも、エッチなことはコタツの中だけで、二人だけの秘密でした。
言葉にするのもタブーでした。
6年の時は私は一年間待ちきれず、クラスの友達を挑発して千夏ちゃんみたいになってもらおうとがんばったけど、結局誰も千夏ちゃんみたいにしてくれなくて、千夏ちゃんの事で頭が一杯の一年でした。
だから、千夏ちゃんが来てくれた時は狂喜乱舞状態でした。
お約束のコタツで例年どうり、足が私のオマタの間に差し込まれ、最高に高まっていました。
足が奥に進み、ワザと足を挟んで、イヤイヤの振りをすると千夏ちゃんは私の足を強引に開き、足を更に奥へと潜らせました。
一番奥に指が触れた時、クチョって音がした。
私はノーパンでした。
興奮状態で既に水がでていました。
家族が出かけていた事もあり、その年の千夏ちゃんは激しかったです。
足の指ではなく土踏まずで私のあそこをなでるように刺激し、私の両足をつかみ激しくクリトリスを責めてきました。
私はうつぶせになったり仰向けになったり、いろいろな姿勢にさせられました。
何度か千夏ちゃんの足の指が私の穴に入って痛かったのも思い出されます。
千夏ちゃんの目つきは前よりキツイ感じで、少し怖かったけど、私は口ではイヤとかダメとかいいながら、心の中ではメチャクチャにしてと叫んでいました。
その年は千夏ちゃんの前では終始下着を付けずにいました。
その事で千夏ちゃんは初めて私のオマタに手で触れてくれました。
私の感度は前の年より各段によくなっていました。
オナニー中毒の私はクリトリスも目立って成長してました。
お風呂では千夏ちゃんの太ももや腕にあそこを擦り付けても気持ち良くなることをしりました。
もう離れ離れたくなかった。
別れ際に千夏ちゃんにクリトリスを舐めて欲しいと頼んだら流石に躊躇していましたが、ノーパンの私のスカートを捲り舌を差し出して恐る恐る私のクリトリスを舌先で転がしてくれました。
千夏ちゃんの舌が震えていてるのがわかりました。
私は気持ちよすぎて頭が変になりそうで、気がついたら涙がでていました。
千夏ちゃんのママが千夏ちゃんを呼んでいて、千夏ちゃんは最後に私のアソコを咬みました。
またね。来年ね。
千夏ちゃんはそう言って私は溢れるオツユを指ですくい取りそれをなめました。
美味しい。
っていってくれた。
今度は飲み干してあげる。
って言われた。
私はこの時に千夏ちゃんに総てを奪われたいと思いました。
みほにこんな事してくれるのは千夏ちゃんだけ、みほをこんなにエッチにしたのは千夏ちゃんだけだから。
中1の年、千夏ちゃんは本当にみほのクリトリスにキスを一杯しました。
ベットのなかで、朝まで私のあそこを舐めてくれました。
この時既に私の頭は千夏ちゃんだけになっていました。
この年、コタツを卒業したのです。
ベットやお風呂、外でも少ししてくれました。
高校になったら一緒の学校に行こうね。と約束したのです。
中2になると千夏ちゃん独りで来れるようになり、年末に限らず、夏休みなどにも来てくれるようになりました。
私達は知識も付き始めて、この年の夏休みに千夏ちゃんにヴァージンを捧げました。
別におもちゃを使うこともなく指だけでヴァージンを奪われたのです。
オナニー中毒の私は中が気持ち良くなる事を知っていたので、自分で弄り過ぎたのか血があんまり出ませんでした。
ヴァージンを奪われたあとの私は急速に開発されました。
これまでのことがオママゴトのように思えるほど激しい責めに変わり、私は全裸にされて本当のセックスをしたのです。
キスもこの年に初めてチャンとしました。
私はこの年に完全に千夏ちゃんのものになったのだとおもいます。
中3になると千夏ちゃんはいろんなおもちゃを使うようになりました。
ペニスバンドとかローターとか、手錠とか、この年、初めてSMの本を見せられました。
千夏ちゃんは前から知ってたみたい。
この年の夏に私は露出みたいな事をされました。
公園のトイレで裸にされ、トイレの茂みでフルコースで犯されたのです。
絶対イヤだったのに、涙が止まらなくなるまで感じてしまい、癖になってしまいました。
大人になった気がしました。
同じ高校には入り二人でうちの母屋暮らしの三年間の間に乳首だけでイケるようになりました。
この頃からSM傾向が強くなり、セックスのほとんどがSM的になりました。
母屋を改造した部屋はSMプレーにはうってつけでした。
はなれなので声も届かず、放尿も許され、ロープを結ぶ所がたくさんありました。
この頃から朝はクンニで起こされるようになりました。
千夏ちゃんが早起きで朝は裸にされ拘束されて、気を失うギリギリまで責められます。
後で知りましたが、この儀式は淫乱な私が浮気しない為のおまじないでした。
ただでさえ身体が持たないほどイカされているのだから、浮気しようもありません。
したければ千夏によって死にそうになるまでしてもらえます。
浮気する余裕なんてあるわけがあません。
それは大学生になった今も同じです。
今は後ろでイカかせるのがお気に入りみたいです。
私がお尻でイク姿を見るのが好きみたい。
千夏ちゃんの前では私は溶けてしまいます。セックス中毒。
今度はフィストプレーがしたいと言い出しています。
私の子宮に触れたいって言ってます。
いずれ前も後ろもされてしまうと思います。
千夏ちゃんは女の子にもてるので、今の私は千夏ちゃんに捨てられないようにするので必死です。
今の私は1日でもしてもらえないと変になってしまうから。
千夏ちゃんが必要なんです。
千夏ちゃんが虐めてくれる時だけが幸せなんです。