携帯電話の無機質な振動が、僕を急かしているように思えた。
本当に良いのだろうか?
今なら引き返せる。今ならまだ……。
しかし、そんな迷いを振り切るように携帯電話を取り、応答ボタンを押す。
野太い声が、僕の耳朶を打つ。そして、僕は、言葉を発する。
「もしもし。はい……。着きました。言われたとおり、国道沿いのコンビニに居ます」
電話の奥に、欲を抑えきれないような荒い呼吸を聞く。
かちゃかちゃという金属音は、ベルトを締めているのだろうか。
そんなことを考えていると、僕は自分の股間に熱を感じ、驚いた。
「なんでだろう……僕は、男に興味なんて、無かったはずなのに……」
数時間前。
僕は、とあるゲイ専用出会い系掲示板に書き込みを行なっていた。
遊び半分、興味半分というところだった。
「165cm、52kg……。経験無いので優しくしてくれる人募集。
○○市近辺。車のある人で……っと」
本当は、男と情を交わすつもりなど無かった。
付き合っている女はいるし、性欲処理に困ったことなどない。
わざわざ男と交わるなんて、モテない奴か、真性のゲイだけだと思っていた。
それか、快楽に支配された、けだものたちだけだと。
……そう思っていた。
いつだっただろうか、外国のゲイ動画をパソコンで見てしまった。
そこに展開されていたのは、男性向けにデフォルメされた所謂アダルトビデオではなく、
ただ単にお互いの性を貪る雄がいるだけだった。
その動画の内容は、でっぷりと肥えた中年の男が醜い腹を揺らしながら、
若く美しい、すべすべとした肌を持つ少年を強烈に犯す、というものだった。
動画を見ながら僕の性器はそそり立ってしまった。
しかしそれは、単純に女性のように美しい少年に欲情したものとして納得した……その時は。
実際、世の中には女の子に男性器を付けただけのような『美少年』を犯す成人向け作品がいくらでもある。
それらを見ながら自慰に耽ることも、僕にとってはよくあることだった。
そう。ゲイではなく、美少年に興奮しただけだ。
そういう理屈で、僕は僕自身を納得させた。
いつからだろうか。
少年の犯される動画を、自慰に使う回数が増えた。
平坦な胸を貪り、綺麗な肛門へと白濁をぶちまける。
そういう妄想に耽りながら、性器を掴んだ手を激しく上下させた。
そして何度も何度も動画を用いて自慰を行ううちに、変化が芽生えた。
犯されている少年が果てるのと同時に、僕も絶頂を迎えるようになっていたのだった。
僕は、犯される美少年に、自己投影するようになってしまっていた。
客観的に見て、僕の容姿は整っていた。
さらさらとしていて、ちょっと茶色がかった髪の毛。
体毛は薄く、肌は化粧などしなくても、並の女性よりずっと白く。
それに似つかない、18cmはあろうかという大きめの男性器。
何よりも、大きい黒目が印象的な、ぱっちりとした瞳。
僕は、僕自身を愛していた。
動画を見ながら、僕は僕自身が犯される妄想をしていた。
と同時に、僕自身を犯す妄想もしていた。
しかし、それは当然ながらかなわない願いだった。
そこで考えたのだった。
「欲の固まりのような男に犯される僕……という構図は、
僕自身にとって最高のオカズになるのではないだろうか」
そう考えてからの行動は早かった。
自分を汚く犯し抜いてくれる雄など、どこにでもいるだろう。
それほどまでに、僕は僕の容姿を評価していた。
そしてそれは間違いではなかった。
ややぼかした写真を載せ、書きこむと、数分後には何通ものメールが届いていた。
「君の初めて、俺にちょうだい!」
「優しくするよ。足あり・場所あり」
「汁まみれになって犯ろう」
ふ、男って、本当に単純だな。
そう思いながらも、僕はまだ見ぬ悦びを想像していた。
そんな中、一通のメールを見つける。
「車で15分くらいで行けます。アナルは使いません。
君のチンポをいじらせてくれるだけでいいよ」
好都合だった。
正直なところ、異物を挿入したことのない肛門に、
今日すぐに男性器を挿れるというのは、少し怖かったのだ。
挿入されなくても、
「汚い男にまさぐられる自分」
というものを体験出来れば、きっといいオカズになる。
そう考えた僕は、その男にメールを返信することにした。
「本当に僕は何もしないでいいのですか? それでしたらよろしくお願いします」
すると、写真と共にメールが返信されて来た。
「じゃあ、15分後に、○○号沿いにある○○コンビニで」
写真には、脂ぎった中年男性が写っていた。
なるほど、性欲が高そうな顔つきだ。
若く見られると言っているが、どうみても40から50だ。
おめでたいものだな。
そう嘲笑しながらも、僕は自身の滾りを抑えることが出来なかった。
そして僕は、震える電話を取ることになる。
震えていたのは電話ではなく、僕の手のひらだったのかもしれないが。
少し、寒いな。
そう思うくらいは、待っただろうか。
うす汚れたセダンが、僕の横に停まる。
車の中をちらと見ると、例の脂ぎった男と視線が合った。
男は、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、その評定は、すぐに下卑た笑みに変わった。
僕にはピンと来た。
(この男、僕に欲情している)
そう思うと次の瞬間、車の窓が開いた。
「入んな」
強くはないが、有無を言わせぬ口調。
望むところだ。僕の身体、味わえるとは運のいい男だ。
そう思いながらドアを開け、中へと体を滑りこませる。
煙草の臭いが鼻についた。と、同時に、強烈な芳香剤の悪臭も。
甘ったるいような、質の悪いムスクのような、そんな香り。
僕がその悪臭に閉口していると、男が口を開いた。
「初めてなの? キミ、かわいいね」
当然だろう。本来ならお前なんかとは接点が無い僕が、
あえてお前の汚い欲望にこの身体を晒そうというのだ。
もう少し感謝してもらいたいな。
そう思ったが、口をついて出たのはおとなしい一言だった。
「はい……よろしく、お願いします」
そうかそうか。気持ちよくしてあげるからね。
そんなことを言いながら、車を発進させる男。
年代物のセダンが軋みを上げながら走る。
僕は、怖かった。
(このまま連れ去られたらどうしよう)
(この男が病気持ちだったらどうしよう)
(そもそもなんで僕が男と情を交わさなくちゃいけないんだ)
(僕のバカ。バカ。バカ。怖い。怖いよ……)
そう思っているうちに、車は暗がりで停まった。
街灯が遠くで灯っている。
お互いの顔もよく見えないくらい、車内は暗闇に包まれていた。
「ここは、誰も通らないし、ご覧のとおり暗い。
こういうことには、うってつけの場所なんだ」
と、いうことは、だ。
この男は、夜な夜な僕のような男を漁り、
ここに連れてきてはその劣情をぶちまけているのだ。
そう気付いた僕は、少し安心していた。
慣れているなら、殴られたり、無理やり犯されたりすることはないだろう。
そんなことをするなら、もっと遠くへ連れて行くだろうし……。
そんな的外れなことを考えていると、男はエンジンを停めた。
先ほどまで流れていたラジオの音楽も止まり、静けさだけが立ち込めていた。
ああ、僕は、これから、この男に、嬲られるんだ。
「上を、脱いで」
男はそう言いながら防寒着を脱ぐ。
防寒着の下はランニングシャツ一枚だった。
背もたれを倒し、シートベルトを外す。
無機質な音が、空気を冷たく染めていく。
僕は無言でシャツとセーターを脱ぐ。
肌着も脱ごうとしたが、男の手がかかった。
「寒いから、それは脱がないでいいよ」
そう、ですか。
そう言おうとした次の瞬間、男の右手が僕の胸へと滑りこんできた。
「んっ……」
声が漏れる。
僕の胸を撫で回しながら、男は左腕で僕を抱き寄せる。
首筋から回された左手が、鎖骨を伝い、僕の乳首へと伸びる。
右手は、掠めるような愛撫を行なっている。
鼻で大きく息をする。
目の前に男の顔があった。
暗闇でもわかるくらいに、その目は血走っている。
(唇を、奪われる)
そう感じた僕は、
「ごめんなさい……キスは、だめです……」
「分かった。後で乳首舐めてくれるかな?」
こくり、と頷く。
すると男は満足そうに、僕の胸へと顔を埋めた。
「ん……ぁ……はぁ、はぁ……」
舌が胸をなぞる。
乳輪へ執拗な愛撫を行うと、男は僕の乳首に吸い付いた。
女とセックスするときも、僕は乳首を吸われるのが好きだった。
一瞬、びくりと腰が浮く。
ちゅうちゅうと音を立てて男は乳首を吸っている。
次の瞬間、僕は自分でも驚くような言葉を発していた。
「もっと……強く……噛んでも、いいです……!」
返事こそ無かったものの、意を得たりとばかりに男は愛撫を強める。
吸い付き、甘噛みし、吸い上げ、噛み付く。
それと同時に、もう片方の乳首をつまみ上げられた。
「ヒぁっ……ん、いいです、気持ちいいです、あァ、いぃ!」
僕は、上ずったような声で喘いでいた。
この時気づいてはいなかったが、今思うと、
『嬲られる自分』
に、激しく興奮していたのだと思う。
嬲られるなら、もっと貪欲な僕が、僕は好きだ。
そう無意識に思った僕は、快楽へのリミッターを外してしまっていたのかもしれない。
その時、僕は完全に雌だった。
ひとしきり僕の乳首を弄ぶと、男は下腹部に手を伸ばして来た。
その間も、空いた手で乳首をこねくり回すことを止めはしない。
「キミのここ……凄く熱い……」
そんなお決まりのセリフですら、脳幹を刺激する。
男は荒い息を立てながら、僕のベルトを外した。
器用に片手でベルトを外してしまうと、太ももに優しく爪を立てる。
ゾワゾワとした感覚が下半身から脳へと駆け抜ける。
ふと下着を見ると、我慢汁が少しではあるが漏れていた。
(男に弄ばれて、我慢汁を垂らす変態、か)
一瞬そう思ったが、それよりも、滾る自身を早く慰めて欲しい、という欲求が生まれてきていた。
「おいおい、もうこんなに硬いのかよ。本当に初めて?」
イヤらしい笑みを浮かべながら、男は指先で僕の性器をさすっている。
その笑みは、淫らな息をあげている僕に対してであろうか、
僕を感じさせている自らの手腕に対してであろうか……。
「初めてです、でも、気持ちいいんです! 早く、脱がして下さい!」
男は僕の下着に手をかける。
脱がしやすいよう、僕は自分から腰をあげる。
すぐに、僕の性器は男の眼前へと晒されることとなった。
銭湯などで他人に性器を晒したことこそあれど、
こんなに屹立した性器……しかも、男に弄ばれて、我慢汁まで垂らしている性器を、
誰かに見せたことなど無かった。
見たことは無かった。
性器が熱く感じられたのは、空気が冷たいからだろうか。
どくどくと脈打つ、血脈のせいだろうか。
あるいは……。
そんなことを思ったその時、僕の性器は温かいものに包まれていた。
「これは……大きいな」
僕の股間に、男の顔が埋まっていた。
一瞬戸惑ったものの、男が僕の性器を吸い上げる度に声が漏れる。
「あ、あ、あ、あ、おじさん、すご、上手いッ……あぁ!!」
吸い上げながら亀頭を舌で舐めまわし、前歯で優しくカリ首を刺激する。
今まで味わったことのない感覚に、僕は頭がクラクラしてきていた。
「あ、何、コレ、こんなの、知らないよぉ……」
我知らず甘えたような声を上げる。
たまらず腰が浮いてしまうが、絶頂を迎えようとするその度に、
男は絶妙な力加減で僕をコントロールする。
何度絶頂を迎える寸前まで行っただろうか。
男は、僕の尿道に舌先を入れてきた。
身体が跳ねる。
首筋からほっぺたへ電流が走る。
「ん、んんんんんんん!!」
イキかけたその瞬間、性器の根本を強く握られ、声にならない声を上げる。
「まだ、ダメだよ」
男は、自らのランニングシャツをめくり上げると、並の女性よりもふくよかであろう胸と、小さな乳首を僕に向けた。
「イキたいでしょ? じゃあ、俺も、気持よくしてよ」
僕は、とろりとした目で男を見た。
イケメンではない。男前でもない。
街ですれ違っても、何の感情も湧いてこないような、ただの中年。
しかし、その男が、僕にとって、その時だけは、愛しい人に見えた。
女がするように、男の胸へ優しく爪を立てる。
跡がつかない程度の力加減で、皮膚に刺激を加える。
優しく乳首を引っ掻き、圧力を加える。
爪の形に凹んだ乳首を、少し強めにつねり上げる。
男の吐息が荒くなっていくのを、僕は感じていた。
「もっと激しくしてもいいよ……噛んでもいい!」
多分、この男はホモセックスの経験が豊富なのだろう。
そう思った僕は、女とする時よりもかなり強く乳首に噛み付いた。
同時に先程つねり上げた乳首を、人差し指と薬指で交互に弾く。
男が呻く。
それを聞いて、僕は楽しいと思っていた。
そう思う自分にも驚いたが、僕の頭を占めていたのは冷静さではなく、快楽への欲求だった。
乳首を転がすように舐める。
じょり、と刺すような刺激が舌に感じられた。
「おじさん……乳首の毛、剃ってるんだ」
上目使いで見上げながら、舌で乳首を責める。
蕩けたような視線が、僕の視線と交差する。
それだけで、十分だった。
男はやおらベルトを外すと、ズボンを脱ぎ、下着のみとなった。
自らの性器を下着の上からまさぐり、恍惚となっている。
「触ってみてよ……すごく、熱いから」
先刻までは、見知らぬ男の性器を愛撫するなど想像もしたくなかった。
しかし今は、そうすることが自然なことのように思えていた。
おずおずと手を伸ばすと、普段自分が自分へするように、男の性器をさする。
僕のテクニックなんて大したことないのだろう。
それでも、男は興奮し、時折びくりと身体を弾ませた。
それが、僕を見て必要以上に欲情した結果なのか、
初めての僕を気遣った演技だったのかはわからない。
しかし、僕は『僕で感じてくれている』男を、もっと感じさせたいと思い始めていた。
僕の手が男の下着に伸びる。
その様子を察したのか、男は腰を浮かせ、下着を脱がせやすい大勢を取った。
脂肪に食い込んだ小さめのボクサーパンツを脱がせるのは少し難しかったが、
男の手伝いもあって、すぐに脱がし切る事が出来た。
初めて見る、怒張した他人の性器。
大きさこそ僕の三分の二ほどだろうが、亀頭がかなり大きいのが印象的だった。
僕は無言で、男の性器を握った。
そして、乳首への愛撫を再開した。
女の子を愛撫するのと、あまり変わらないな。
そんなことを考える余裕が生まれるくらいには、緊張しなくなっていた。
喘いでいた男が、僕の性器へと手を伸ばす。
お互いがお互いの性器を摩擦し、荒い息だけが車内に響く。
いつの間にか、鼻についたはずの車内の悪臭は、気にならなくなっていた。
しばらくそうしていると、
「そろそろ、イキたいでしょ。どう?」
「はぁ、はぁ、はい、お願いします。イカせて、ください」
よっしゃ、と言いながら男は僕の性器へ、口腔による愛撫を再開する。
男の舌が激しく動き、僕の亀頭を責め苛む。
刺激を受ける度に、僕の腰が浮く。
痺れるような、いや実際に痺れていたのだろう。
耳の奥へと電流が走り、何も考えられなくなっていく。
「アぁ……ア、ア、あ、い、気持ち、い、おじさんの、くち、きもち、いい……」
ピッチの高い、少年のような嬌声を上げながら、僕は
『嬲られる自分』を俯瞰視していた。
美少年が、中年の男に嬲られ、感じさせられている。
僕の望んでいた光景だった。
しかし、それ以上に、男の愛撫は僕の脳へと直接的な刺激を送ってきていた。
口では絶頂を迎えさせられない、そう感じたのかただ疲れただけなのかはわからないが、
男は僕の性器から口を離した。
いつしか、僕は自分の人差し指を舐めていた。
口内と指先を繋ぐ唾液が、月の光を反射して、何か神秘的なものに見えた。
男は自らの唾液をたっぷりと手に取ると、
僕の性器を摩擦し始めた。
亀頭ではなく、陰茎のほうを重点的に責める。
同時に、僕の耳へと男の舌が伸びる。
耳朶も軟骨も噛まれ、耳の中へと男の舌が侵入してくる。
耳元で男が何やら囁くが、未知の快楽に、僕は完全に参っていた。
「あ゛ーーーーッ!! 耳、耳、みみが、感じます、もっと、もっと罵ってください!!」
「おい、女とヤるのと、どっちが気持ちいいよ? ええ? このメスガキが!」
「女よりおじさんがいい! 女より男が気持ちいい!! もっと激しくして!!」
滴るような音を立てながら執拗に僕の耳内を愛撫する。
僕は、絶頂を迎えようとしていた。
「先っぽ、先っぽをもっと擦って! あ、あぁ……イク……!!」
「イッていいぜ。俺の手の中へ、たっぷりと出せよ!!」
「んぁぁぁああああ!!! イクっ!!!!」
大げさではなく、今までに経験したことが無いほどの射精感だった。
びゅる、という射精音がしたかのような気がした。
その大量の精液は男の手に収まり切るものではなく、
炸裂し、僕の胸を白く染めた。
飛び散った精液の一滴が、僕の頬へ付着した。
絶頂を迎えてなお、男は僕の性器をこすり続けていた。
敏感になったそこは、くすぐったいような、痛いような、そんな感覚を受け、
ひくひくと蠢いていた。
僕は荒い息を付き、男にイカされたという現実を受け止めていた。
そして、もう一つの現実……
『男にイカされ、絶頂を迎えてなお、興奮状態にある自分』
という現実をも……。
僕は、頬に飛び散った精液を指で掬うと、
それを躊躇うこと無く舐めとった。
そして、そのまま男の胸へと顔を埋め、乳首を舐める。
男はびっくりした様子だったが、にやりと笑った後、自らの性器を擦り出した。
「はぁ、はぁ、キミの、精子ローション、気持ちいいよ」
「そう? 僕の、精子、気持ちいい?」
自分で自分にゾっとしていた。
なんなんだこのセリフは。
なんなんだ僕は。これじゃあ、まるでゲイじゃないか。
そう思いつつも、男への愛撫を止めはしない。
両手で乳首をひねり上げ、男の鎖骨を舐める。
苦しげなうめき声を上げ、男は達した。
「うッ! うおお……ッ……」
予想よりもずっと早く達した男を見て、僕は微笑を浮かべる。
「はやいね……おじさん。そんなに気持よかったの?」
「いや……溜まってたから……ね」
照れくさそうに言う。
しばらく無言の状態が続き、その間に僕は、冷静さを取り戻していた。
男にイカされた。
男にしゃぶられた。
男の乳首を舐めた。
……男を、イカせた。
普通であれば後悔の念が襲ってくるのかもしれない、と思った。
しかし、僕を襲ったのは気持ち良い脱力感であり、
決して後悔などではなかった。
「男同士も……結構気持ちいいもんですね」
口をついて出た言葉に、苦笑する。
まるでゲイ漫画の一節に登場しそうなセリフだな。
そう思った時、男の腕が僕に伸びる。
男は、まるで恋人を抱き寄せるかのように僕を優しく包んだ。
普通であれば、こちらも抱き返すのであろうか。
しかし、その瞬間、僕はある事を認識した。
『僕は、男に興奮することはあれど、男に恋愛感情を抱くことはないのだろうな』
理屈などではないが、そう思ってしまった。
男は性欲処理の道具か……。なんだ、変態は、僕のほうだったのか。
僕を離した男は、ズボンを履き直すと、車を走らせた。
先程のコンビニに着くまでに、僕は自らの精液を拭い、ズボンを履いていた。
「忘れ物、無いかな?」
男が言う。
忘れ物もなにも、僕は携帯電話以外に何も持ってきていない。
変なところで用心深いのだ……僕は。
(用心深いなら出会い系など使わないだろうが)
「凄い気持ちよかったよ。またヤらない?」
男が自信満々の笑みを浮かべる。
しかし、僕は返事をしない。
ただニコニコと笑うだけだった。
それを察したのか、男は、
「じゃあね! おやすみ~」
とだけ言うと、僕の家とは反対方向へと帰っていった。
男が見えなくなると、急に動悸が襲ってきた。
恐怖感。
安心感。
脱力感。
快楽の、残滓。
全てが僕を襲う。
拭ききれなかった、精子の臭いが鼻についた。
それと混じった、車内の悪臭も。
僕はいったい、どうしたいんだろう?
考えても、答えは出なかった。
しかし次の日、あらかじめ録音モードにしておいた携帯電話から聞こえてくる自らの嬌声を耳にして、僕は確信した。
「ああ、やっぱり、僕って……可愛いなぁ……」
そこには、自らの嬌声で性器を屹立させる男が、立っていた。
これからも、僕は、自らの痴態を記録するためと……
ほんの少しの快楽のために……男に抱かれるのだろうか?