「……なあ、木瀬。俺ってテク無しなのかな?」
俺の呟きに木瀬は「さあ、どうなんスかね?」と肩を竦めた。
「先輩、飲み過ぎッスよ。水持って来ます」
木瀬が台所に消えていく。
水などいらん。今は酒が飲みたい気分だ。
ローテーブルを見てみるが、コンビニで買ってきた缶ビールは全て空になっていた。
いつの間にか結構飲んでいたようだ。
……まあ、飲まなきゃやってらんないよな。
俺はソファーに凭れかかり、大きなため息を一つ吐く。
事の起こりは昨日、木曜日の事だった。
付き合っている彼女と週末に会おうとラインを送り。
その返事が何故か「ごめんね。やっぱり私たち別れよ」で。
慌てて彼女に電話を掛けてみれば「裕也って顔はいいけどエッチは普通というか……ねぇ(苦笑)」と遠まわしに、いや結構ストレートに下手くそだと揶揄された上で別れを告げられた。
確かにエッチはのらりくらりと躱されることが多々あり、最近は仕事が忙しいとか理由をつけて会う事さえ少なくなっていたが、まさかそんな事を思われていたとは……。
で、翌金曜日にどんよりと負のオーラを纏い出社した俺を後輩の木瀬が気に掛け、退社後飲みに誘ってくれた。
居酒屋で木瀬相手に彼女に振られた事を愚痴りつつ飲んでいたが飲み足りなく、木瀬の家で飲み直そうって話になりコンビニで酒とツマミを買い、木瀬の住むマンションにやってきて今に至るという訳だ。
「はい、先輩。水持って来ましたよ」
「ん、悪いな」
木瀬からコップを受け取り、中の水を一気に呷る。
口端から顎に伝う水をワイシャツの袖で雑に拭い、大きなため息をまた一つ吐いた。
「そんなに落ち込むこと無いッスよ。先輩ならすぐに彼女出来ますって」
へらへらと笑いながら木瀬が俺を励ましてくる。
彼女はすぐに出来るかもしれない。
幸いにも俺はそれなりに整った容姿をしているらしく、男子校を卒業し大学デビューを果たしてから彼女を切らした事は無かった。
でも思い返してみれば、どの子とも付き合いは半年も持たなかったような。
やっぱりあれか。俺はテク無しなのか……。
この先また彼女が出来たとしても、テク無しを馬鹿にされて振られる未来しか思いつかない。
……あ。暗い未来を想像してみたら涙が出そうになってきた。
「ちょ、先輩!? 大丈夫ッスか?」
俺の隣に腰掛けていた木瀬が、心配そうに俺を覗き込んできた。
俺は改めて木瀬を見る。
木瀬は俺の三つ年下。今年の春に俺のいる部署に配属された新入社員だ。
俺が教育係として付いてはいたが、一か月もしない内に俺のフォローが無くてもそれなりに仕事をこなせる様になったほど要領が良い。
髪は上司に指摘されても「あ、これ地毛なんで」で通せる程度に染めた茶髪で。
人懐っこい笑みをいつも浮かべていて、ちゃっかりしているけど憎めない奴と職場にもすぐに馴染んでいた。
生真面目とか面白みがないとか言われる俺とは真逆の存在だ。
という事はアッチのほうも俺と真逆なのだろうか……?
「……いいよな木瀬は。エッチが上手そうで」
「はあ?」
つい心の声を口に出してしまった。
木瀬はあんぐりと口を開いて、ついでに目も見開いている。
「まー、彼女に下手だと言われた事は無いッスが」
うん、普通ないよな。俺はあるけど。
「あー先輩、泣かないで下さいよ」
まだ泣いていない。
泣きそうになっているだけだ。
暫く木瀬は困ったような顔で俺を見詰めていたが、やがて口を開いた。
「……えーと、先輩ってセックスの時どうやってます?」
「どうって、キスして胸揉んで指でアソコ弄ってからコンドーム着けて挿入。的な?」
普通だよな。
変じゃないよな?
駄目出しされないか心配で木瀬の顔を伺ってみる。
木瀬のほうが少しばかり上背があるので、自然と上目遣いになった。
「随分とざっくりした解答ッスね。キスはどんな感じです?」
キスか。
どんな感じかと聞かれてもなあ。
「キスなんて適当に舌を突っ込んでみる位しかやる事ないだろ」
俺の答えに木瀬は「あー……」と非難するような声を上げた。
「適当とかそんなのじゃ駄目ッスよ。口の中にも性感帯はあるんスから」
やれやれ、とでも言いたそうに木瀬は肩を竦める。
「え、口に性感帯なんてあるのか? 飯食べるとき困らないのか、それって??」
俺はしごく当然の疑問を口にしたのだが、木瀬はププッと噴出した。
「ははは……先輩って面白いッスね。そういうの嫌いじゃないッスよ、俺」
……ぐ、馬鹿にされた。
文句を言ってやろうと口を開けた瞬間、木瀬の顔が迫ってきた。
「……んっ」
口の中にヌルリとした何かが入ってくる。
ヌルリとしたものに歯列をなぞられ、上顎を擦り上げられて、それが木瀬の舌だとようやく気が付いた。
「……んぅっ、ん、んっ」
慌てて木瀬を引き剥がそうと俺は藻掻いた。
だが後頭部を片手でガッチリ固定され圧し掛かられると、木瀬とソファーの背凭れに俺の身体は挟まれてしまい抜け出せない。
舌と舌が擦れ合う。
何だろう、これ? 変な感じだ。
気持ちいい……のか?
今までのキスでは経験した事のない感覚だ。
「――っ!」
舌の裏側の筋をツツーっと根元からなぞられた。
ゾクリと未知の感覚が背筋を走り抜ける。
俺の意思に関係なく身体がビクリと跳ねた。
「…………あ、はぁ、はぁっ」
ゆっくりと木瀬の唇が離れていく。
離れ際、名残惜しげに俺の下唇を優しく食んでいった。
ようやく解放された俺の口から熱っぽい吐息が漏れる。
「先輩どうッスか? 口、気持ちいいでしょ」
くすくすと笑いながら木瀬は俺を覗き込んでくる。
この場合、いきなり何するんだこの野郎と罵るべきなのだろうか。
でも……。
ゆるりと最後に食まれた下唇を自分の指でなぞる。
先程まで木瀬の舌と唇が触れていた箇所がまだジンジンする。
キスでこんなに感じるとは思わなかった。
「……うん。気持ちよかった」
俺は素直に感想を述べた。
手段はどうであれ、キスのやり方を教えてもらったのだし。
次に彼女が出来たときは参考にしよう。
流石に気恥ずかしいので目を伏せ、木瀬の顔は見れなかったが。
「……先輩、胸はどうやって弄ってます?」
一拍の間を置いて、木瀬が聞いてきた。
胸ねえ……。
彼女と致した時の事を思い浮かべ、手で動きを再現する。
「こんな感じにモミモミと……」
両の掌を空中でわきわき動かしてみる。
「先輩、女性の胸は繊細なんスよ」
「ひゃぅううっ!?」
突然胸にぞろりと撫でつけられるような感触が発生し、俺は変な声を上げてしまう。
自分の胸に視線を下ろしてみると、木瀬の手のひらが俺の片側の胸を直接覆っていた。
俺が着ていたワイシャツはいつの間にかボタンが外され、前がはだけている。
緩くだが締めていた筈のネクタイもどこかに行っていた。
キスしている間に木瀬がやったのか?
すげーな、木瀬。全然気が付かなかったぞ。
今度その脱がしテク教えてもらおう。
「おっぱいを揉むときは強く掴んじゃ駄目ですよ。痛いだけです。こうやって優しくマッサージするよう揉んであげて下さい」
木瀬が手のひら全体で俺の胸を優しく揉み込んだ。
男の俺が胸を揉まれても気持ちよくない。
でもムズムズするようなくすぐったさに俺は身を捩った。
未だ木瀬に圧し掛かられているのであまり動けなかったが。
「……ん。木瀬、くすぐったいぞ。やめろって」
「駄目ですよ先輩。ちゃんと俺の手の動きを意識して覚えておかなきゃ」
藻掻く俺などお構いなしだ。
木瀬は片手で俺の肩を押さえつけ、もう片方の手で俺の胸を撫で回している。
「乳首も強く摘まんじゃ駄目ですよ。相当弄られ慣れている子じゃないと痛みしか感じません」
こうやって可愛がってあげるといいッス、と俺の乳首を弄りだした。
きゅっと摘まんだり、親指の腹で捏ねたり、先端を爪先で突いたり。
気持ちいい訳じゃないけど、じくじくと何だか変な感覚が湧いてくる。
「うぁっ」
ソファーに乗り上げている木瀬の膝が俺の股間に当たる。
グリっとそこを強く刺激され、思わず声を上げてしまった。
「胸と一緒にこっちも刺激すると喜びますよ」
変な声を上げてしまった俺を見て、木瀬はニヤリと笑っている。
不意打ちは卑怯だぞ。
でも不意打ちいいな。俺も女の子とやるときはそうしよう。
「……くっ、ん、んんっ」
股間をグリグリ擦られて乳首を弄られると、背中がゾクゾクする。
乳首を弄られるピリピリした感覚が股間を擦られる快感と混じって、乳首でも感じているように思えてくる。
これ以上木瀬に笑われたくなくて、溢れ出そうになる恥ずかしい声を俺は必死に噛み殺した。
「あっ、やぁぁあああっ」
手で弄っているのとは別の乳首を、木瀬がデロ~っと舐め上げた。
これまでに無い快感に俺ははしたない嬌声を上げてしまう。
「こうやって口でしてあげるのも良いですね」
クスクスと笑って木瀬は俺の乳首をはくりと銜え込んだ。
「あ、あ、あっ、あぁあっ!」
敏感な先端を舌で転がされ強く吸われると、俺はもう声を我慢できなかった。
木瀬は手と口それぞれ別々の動きで俺の乳首を責め立てる。
膝は俺の股間を擦り上げ続けていて、もうこのまま胸を弄られてイってしまうんじゃと思い始めたとき、ようやく木瀬は俺を解放してくれた。
「どうです? 胸の弄り方分かりましたか?」
「……は、はぁ、はぁっ……はぁっ」
木瀬の問いに答える余裕も無い。
肩で大きく息をつき、震える身体で俺はコクリとだけ頷いた。
「……先輩。ちょっと後ろを向いてもらえます?」
何だろう?
木瀬が何をしたいのか分からないが取りあえず体勢を変える。
今まで寄りかかっていたソファーに胸を預け、俺は木瀬に背を向けた。
「ちょっとだけ腕をお借りしますよー」
木瀬が俺の両腕を手に取る。
シュルっと衣擦れするような音が聞こえた。
何をしたんだ? 俺は振り返り肩越しに何が起きたのか確認しようとしたが、よく見えない。
「何やったんだよ、木瀬……え、あれ?」
木瀬が何しようとしたのか確かめようと腕を前に回そうとして、腕が動かない事に気付く。
……あれ? 俺もしかして縛られてる?
「え? え? 何で? 何で俺縛られてんの??」
腕の戒めを解こうと藻掻いていると、木瀬に肩を掴まれ無理やり体勢を元に戻された。
「いつものプレイもちょっと趣向を変えてみると興奮するッスよ」
「――いっ!?」
首からみぞおち、臍までの一本のラインをツツーっと木瀬の指がなぞる。
ビクリと俺の身体が跳ねた。
「身動き取れず、好き勝手身体を弄られるのも気持ちいいでしょ?」
「……あ、あぅう」
耳の裏をゾロリと舐められた。
木瀬の手は片方は俺の乳首を摘まみ、もう片方はズボン越しに俺の股間の物を手のひら全体で撫で回している。
木瀬が痛い事をするとは思えないけど、やっぱり縛られるのは怖くて。
恐怖で高まる緊張が、快感をより強いものへと変えていった。
……やばい。これ気持ちいい。
抵抗を止め大人しく愛撫を受け入れていると、ふいに木瀬が声を掛けてきた。
「先輩ってクンニします?」
クンニって言うとあれか。
口でアソコ舐めるやつだよな。
「……いや。女の子が嫌がるからやった事ない」
俺はゆるゆると首を振った。
あれやろうとすると大抵「やだ、恥ずかしい」と嫌がられるんだよな。
女の子が嫌がる事をするのは本意じゃないので、拒否られたら大人しく引き下がっている。
だが、そんな俺の紳士的な態度を木瀬は鼻で笑った。
「あー……先輩って押しが弱そうですもんね。だから彼女に捨てられるんスよ」
……くそっ、人が気にしている事を!
俺は怒りを込めた眼差しを木瀬にぶつける。
だが木瀬は臆する事無く、ずいと俺に顔を寄せてきた。
「いいですか先輩。セックスの時の『イヤ』には二種類あるんです」
二種類の『イヤ』か。何だそれは?
俺は次に続く言葉を待ったが木瀬はそれ以上は喋らず、ガチャガチャと俺のベルトを外しに掛かった。
ベルトが解かれ、下着ごとズボンを下ろされる。
すっかり勃ち上がった俺のものが外気に晒された。
「ははは……すっかり元気になってますね」
木瀬はひょいと俺の屹立を握り込んだ。
そして――。
「いぎいぃぃぃいいっ!?」
俺のものを握る木瀬の手に力が込められる。
急所をぎゅううと握られ、快楽に弛緩していた身体が突然の痛みに竦み上がった。
「痛い、痛い! やだっ、やめて! 木瀬、ヤダ! お願いっ!!」
あまりの痛みに目がチカチカする。
身体はガタガタ震え、目からは涙がぽろぽろ零れ落ちる。
腕を縛られ碌に動かせない身体を捩り、俺は必死に叫んだ。
「今のが本気の『イヤ』ッス。女の子の胸を強く揉み過ぎた時とか、碌に濡れていないのに指やチンコ突っ込もうとした時とか。あと処理が甘い時に脇を舐めようとすると本気で嫌がられますね」
木瀬がぱっと手を離す。
あんな酷い事をしたのに木瀬はヘラヘラ笑っている。
俺は木瀬を非難する余力も無く、ぜえはあと荒い息をついた。
「あーあ、萎えちゃいましたね」
誰のせいだと思っている。
文句を言おうと口を開いたが、そこから出たのは非難の言葉ではなかった。
「ひゃあぁぁああっ!?」
すっかり萎えてしまった俺の陰茎を労わるように、木瀬が優しく舐め上げた。
根元から先端まで裏筋をなぞりながらゆっくり舐め上げる。
「……あっ、あ、はあぁぁん」
睾丸を手でやわやわと揉まれ、陰茎を唇で食むようにマッサージされると萎えていた俺のものはまた緩く勃ち上がってきた。
恐怖と痛みで縮こまっていた身体から力が抜ける。
「どうです? 手でやるのとは一味違って気持ちいいっすよね」
俺のものから一旦口を離し木瀬が聞いてくる。
「ひゃうっ」
木瀬の吐息が先端に掛かり、こそばゆい。
思わず上がる俺の声を聞き木瀬が笑う。
ムカついたので睨みつけてやると、木瀬が俺の視線に気づいた。
目と目が合う。
木瀬は俺と目が合うとニヤリと笑い、視線は外さず俺の陰茎を根元から見せつけるようにデロ~っと舐め上げた。
「――っ!!」
ドクリと、身体が熱くなるのを感じる。
木瀬の舌が俺の先端を突く。
木瀬の口からチロチロ覗く舌の赤が扇情的だ。
俺を見上げ俺のものに奉仕する木瀬の顔から目が離せない。
「……あっ木瀬、駄目だっ。やめっ、も、出そう……っ」
木瀬の口淫で否応なしに射精感が高められていく。
だが射精まであと一歩という所で木瀬の口が俺から離れて行った。
「……え?」
急に止められた愛撫に、俺は思わず不満の声を洩らした。
「これが二個目の『イヤ』です。違い分かりますか、先輩?」
木瀬がニヤニヤしながら聞いてくる。
「……続き、してもらいたいッスよね?」
浅ましい俺の気持ちを見透かされ、目を伏せた俺の耳元で木瀬が囁いた。
「…………」
俺は答えられなかった。
男の後輩にもう一度ちんぽをしゃぶってもらい口でイかせて欲しいなんて、そんな事言える訳がない。
木瀬が俺の顔を覗き込む気配を感じる。
木瀬の視線から逃れたくて、俺は目を閉じ俯いた。
しばらく押し黙っていると、クチュリと水音と共に腰から甘い快感が突き抜けた。
「え? ……あ、ああぁぁああっ!」
驚いて目を開くと、木瀬が俺の陰茎をぐっぽり銜え込んでいる情景が飛び込んでくる。
……え、何で? 俺しゃぶって欲しいなんて言っていないのに?
「あっあっあんっ、はぁっ、あ、あぁぁああっ」
お預けをくらっていた身体は再開された愛撫に素直に反応した。
頭によぎった疑問など一瞬で押し流されていく。
じゅぶじゅぶとはしたない音を立てて木瀬が俺のものを責め立てる。
……ああヤバい。凄く、気持ちいい。
「……いっ、あ、あ、あああぁぁぁあああっ!!」
木瀬の舌が鈴口をグリっと抉り、じゅるるるっと先端を強く吸い上げられると、俺は呆気なく吐精した。
「女ってのはやってもらいたくても恥ずかしくて口に出来なかったり、拒否しちゃう生き物なんです。そこらへん上手く見極めないと駄目ッスよ」
肩で息をし荒れた呼吸を整えている俺に木瀬が言う。
口を手の甲で拭っているが、もしかして俺が出したもの飲み込んじゃったのか?
口元をじぃっと見詰めている俺に気付き、木瀬がにっこり笑った。
「先輩のなかなか濃かったッスよ。ご馳走様でした」
ご馳走様じゃないだろ!
何言ってんだ、この馬鹿!!
あまりの恥ずかしさに顔が赤くなっていくのを感じる。
「女の子の愛液もじゅるじゅる吸ってあげると興奮してくれますよ。本気で嫌がる子もいるんで見極めが難しいッスが」
そういうものなのか。
判断が難しそうだな。
「なあ木瀬、説明も大体終わっただろ。もう腕縛ってるやつ解いてくれないか」
俺は木瀬に背を向け、縛られた腕を突きだした。
「何言ってんスか先輩。女の子の気持ちを分かるのはこれからッスよ」
カチカチカチ……。
木瀬がソファーの背面を弄ると、胸を預けていたソファーの背凭れが倒れていく。
……うおっ!? これソファーベッドだったのか。
ソファーに凭れていた俺は支えを失い、べしゃりと平たくなったソファーにうつ伏せで倒れ込んだ。
「……ひえっ!?」
尻に何か液体らしきものがボタボタ垂れてくる。
一瞬冷たく感じたが、それが触れた部分がじんわり温かくなってきた。
「……え? 何?」
後ろ手に縛られ動かしづらい身体を捻り、背後を振り返る。
俺の尻の状況は確認出来なかったが、木瀬が何やらボトルを握り中の物を俺に垂らしているのが見えた。
「先輩はローション使った事あります? あー、ありませんね。そのリアクションからすると」
ローションはもちろん使った事がなかった。
その手のアダルドグッズは気恥ずかしくて一度も使った事がない。
でも、それがどのような用途かは流石の俺でも知っている。
男の尻に垂らすという事は、つまりそういう事なのだろう。
「ま、待て木瀬! 早まるな! そこは駄目だ! 俺、ホモじゃないしっ! お前だってホモじゃないだろ? 彼女いるんだろ!?」
「俺ホモじゃないです、バイッスよ。あと今はセフレしかいないんで大丈夫ッス」
「お前は大丈夫でも、俺が大丈夫じゃねーよ! ホント駄目だから! マジでやめてくれよ、な? 木瀬っ」
「ああ、これは本気で拒否ってるほうの『イヤ』ッスね」
「そうだよ! 分かってるならさっさと止め……ひぅぅっ!?」
ぬるりとローション塗れの尻を撫でられる。
俺は「ひぃっ」と情けない声を上げ、身を竦ませた。
俺が硬直している隙に、腹の下にクッションが差し入れられてた。
胸はソファーに付け、尻だけ高く上がる恥ずかしい体勢になる。
「本気で拒否られても、その先に最高の快楽があるなら導いてあげるのが男の役目ッスよ」
「――いひぃっ!!」
ツプリ。
尻に細く固い何かが侵入してきたのを感じる。
それ程深くは無い。
尻の入り口に少しだけ入ってきた異物が何か考えを巡らせる前に、ブチュリという音がして俺の中に熱い何かが注ぎ込まれる。
「……あ、ああ、あうぅっ」
尻の中が熱い。
何だ、これは……?
「こんだけ入れば十分スかね」
尻に入れられていた細く固い異物が抜かれ、代わりにもう少し太く長い何かが侵入してきた。
そいつはグニグニと蠢き、俺の中を刺激している。
これは……木瀬の指か?
先ほど入れられたのは恐らくローションだ。
ローションの滑りに助けられ、木瀬の指はじゅぶじゅぶと然したる抵抗もなく俺の中に沈んでいった。
「うぅ……やだ。木瀬、く……これ抜いて、くれよ」
息も絶え絶えに俺は懇願した。
本来異物が入らない場所に指を入れられ、内臓を擦られる未知の感覚に身体が戦慄いている。
ローションのお陰で痛みは無いが、苦しいし気持ち悪い。
「直に良くなるッスよ。こっちも弄るんで少しの間我慢して下さい」
「ああぁあんっ」
ローション塗れの木瀬の手が俺の陰茎を握る。
そのままヌチヌチと扱かれれば、俺の口から甲高い声が上がった。
「あ……やぁ、はっ……くぅ、うんっ」
後ろを弄られる不快感が、前を扱かれる快感に上書きされていく。
気持ち悪さが完全に消えたわけでは無い。
でも確実に先程よりも気持ちいい。
俺の身体は木瀬の指を受け入れ、内壁をヒクつかせていた。
「――いっ!!」
暫く前と後ろを弄られていた俺の身体が突然ビクリと跳ね上がった。
ある一点を指が掠め、今まで感じていたものとは全く別物の感覚が身体を駆け抜ける。
……なに、今の?
「えへへ……先輩のいいトコロ見つけちゃいました」
木瀬が嬉しそうに先程反応した場所をグリグリと責め立てる。
「……え? あ、やっ、やぁあ、あっ、あっあっ!!」
過ぎた快感が辛い。
無理やり高みに押し上げられる感覚に肌が粟立つ。
「これは二番目の『イヤ』ッスね。気持ちいいでしょ、先輩」
「やぁっ、これ駄目! ヘンになるっ。木瀬、お願いっ、……あ、あ、木瀬! 木瀬っ!!」
木瀬は笑いながら俺の弱点を執拗に責めてくる。
その木瀬の名前を呼び、俺は必死に許しを請いた。
どうせ止めてくれないと思っていたが、意外にも木瀬は手を止めてくれた。
どうしてか分からないが俺はホッと息をつく。
「……先輩の顔、見せて下さい」
乱れた呼吸を整え、強すぎる快楽を逃がしていた俺の身体が反転する。
「……木瀬?」
木瀬と目が合う。
木瀬はいつになく真剣な顔をしていた。
熱っぽくギラつく瞳が男っぽい。
いつもはおちゃらけている木瀬の意外な表情にドキリとする。
「セックス中に相手の名前を呼ぶのは効果的です。先輩よく分かってるじゃないッスか」
よく分からないが褒められた。
木瀬がニヤリと笑う。
「上手に煽ってくれた先輩に俺も応えなくちゃ駄目ッスよね」
ぐいと膝の裏を押し上げられる。
つられて高く上がった俺の尻にヒタリと熱い何かが宛がわれた。
これって、まさか……。
「待って、木瀬! それは駄目だ。や、やめ……ああぁあぁああっ!!」
散々弄られていた俺の後孔はゆっくりとだが着実に木瀬を飲み込んでいった。
あまりの圧迫感に涙が零れる。
「はは……先輩の中、熱くてキツいッスね」
そりゃキツいだろうよ。
俺だって滅茶苦茶苦しい。
「初めての子の場合、こうやって落ち着くの待ってあげるといいッスよ」
チュと音を立て木瀬が目尻に浮かぶ涙を吸い取る。
そして優しく頭を撫で、俺の呼吸が整うのを待ってくれた。
しばらくすると俺も大分落ち着いてきた。
しかし挿入の衝撃から回復すると、中に入っているものの存在をハッキリと意識してしまう。
木瀬のものの太さとか熱さとか……。
何故だか切なくなってきて、俺の内部がきゅっと蠢く。
「……あっ」
より強く木瀬のものを感じてしまって俺は小さく喘いだ。
「そろそろ動きますね」
そっと木瀬を見上げると、木瀬も辛そうな顔をしていた。
俺も男だから分かる。この状態で動かずに我慢するのは結構しんどい。
俺はコクリと頷いた。
ぐちぐちと木瀬のものがゆっくり俺の中を穿つ。
内臓を突かれる度に「あっあっ」と短い喘ぎ声が押し出される。
「先輩は入れるときちゃんと工夫してます?」
ふと、木瀬から声が掛かる。
……え、セックスの真っ最中もそれやるの?
しかし工夫と言われても……。
返答に困っていると木瀬がクスリと笑った。
「例えば挿入のスピードを徐々に上げていったり」
「あ、あっ、あっ、あ……っ」
木瀬の腰を振るスピードが速くなる。
押し出される俺の声も、間隔が短くなり切なさが増していく。
「ただ前後に動かすだけじゃなく、斜めを意識して動かしいろんな箇所を刺激してみたり」
「あ、あぅ……あ、あ、ああっ」
予測出来ないところを次々突かれ、身体が震える。
時折俺の弱いところを掠めていくのが気持ちいい。
「腰を回転させて中を捏ねるように動かしたり」
「やぁぁあぁあっ」
木瀬のものに俺の中が掻き混ぜられた。
内壁に擦り付けられるものの形をより強く意識してしまい、その熱さにゾクゾクする。
「奥まで押し込んでみたり」
「……っ! ああぁぁああぁあっ!」
ぎゅうううと木瀬に抱きすくめられ、腰のものを強く押し付けられる。
奥までいっぱいに木瀬のもので満たされていく。
木瀬の熱い吐息が耳元に掛かった。
俺だって抱きしめ返したいのに。縛られている腕がもどかしい。
「あああ、木瀬っ。気持ち、いっ。腕の取って、ねぇ、お願い……っ」
俺が甘い声でお願いすると、ぐいと片手で腰を手繰り寄せられ、浮いた腰の隙間からもう片方の手で戒めを解いてくれた。
「あ、はぁ……っ、木瀬、すげー気持ちいい」
ぐちゅぐちゅと、俺の戒めを解いた木瀬は律動を再開する。
自由になった腕で俺は木瀬にしがみついた。
「……っ、先輩」
「……んっ」
木瀬の顔が迫ってくる。俺も顔を近づけ木瀬の口づけを受け入れた。
木瀬の舌か俺の咥内を擦り上げてくる。
……口も気持ちいい。
「……ん、んぅ、んんっ」
口の中に木瀬の唾液が流れ込んできた。
これ飲んだら木瀬は喜んでくれるのかな?
俺は躊躇うことなくそれを飲み込んだ。不思議と汚いとは感じなかった。
「……んくぅっ!」
木瀬の舌に動きを合わせて懸命に舌を動かしていると、胸に甘い快感が走った。
俺の乳首を木瀬の指がをコリコリと弄っている。
身体の中も口も胸も、どこもかしこも気持ちがいい。
「はぁっ、……あ、はっ、はぁあっ」
木瀬の唇が離れていく。
「……あぁ、木瀬。これ、すごく、いい……」
「中を突かれながら他の所も愛撫されるとたまらないッスよね」
本当にたまらない。
身体が気持ちよさで一杯になって、心まで満たされていく。
セックスってこんなに幸せになれるものだったのか。
「ねぇ先輩。秋人あきとって呼んで。俺の名前。いいでしょ?」
「秋人……ん、秋人。気持ちい……あ、ぁあああっ!」
木瀬の抽挿が激しくなった。
馬鹿みたいに俺の弱いところだけを的確にガンガン突いてくる。
ゾクゾクと激しい快感が背筋を上り、射精感が否応なしに高められていく。
「あっあっぁっあっあっ! あき、と、駄目っ! イっちゃう、あっ、あ、あっ!!」
「……先輩。俺、先輩の事、好きッス」
「俺も……っ、好き! 秋人! 好きだ! あき、あきっ! あ、ああぁぁああぁああっ!!」
耳元で好きだと囁かれ。
弱いところを擦り付けられながら最奥まで突かれると、俺は呆気なく絶頂する。
身体の奥に熱いものが注がれるのを感じながら、俺は意識を手放した。
◇◇◇◇◇
「お早うございます、先輩。調子はどうッスか?」
「俺は見てのとおり仕事で忙しいんだ。お前もさっさと仕事につけ」
……シッシと、犬を追い払うような仕草で木瀬を追い返す。
週末に打ち込んでおいた会議資料をプリントアウトし、ホッチキスで留める作業は続けたままだ。
木瀬の顔など見てやらん。
宅飲みしてたら襲われて、中出しされて意識を失った後。
目覚めた俺はいろんな体位の勉強と言われ、前から後ろから、横抱きになったり、上に乗り上げさせられたりと、様々な体位で犯されまた気を失った。
次に目覚めた時は土曜の昼をとうに過ぎていて、足腰の立たない俺は木瀬に支えられつつ呼び出したタクシーで自宅に帰える。
そしてまたそこで散々木瀬に犯され、今度は雌イキとかいうやつを教わった。
日曜の夕方ようやく木瀬を追い返す事に成功し、フラフラの身体を叱咤しつつ会議資料を制作。
そして月曜。俺は早めに出社し今に至るという訳だ。
「えー、連れないッスね。いつもの面倒見が良くて優しい先輩はどこ行ったんスか?」
「可愛い後輩には優しくするが、酔っ払いにあんな事する馬鹿に与える優しさは持ち合わせてないな」
「ベッドではあんなに好き好き言ってくれてたのに酷いッスね」
「――っ!?」
俺は慌てて周囲を見る。
始業時間にはだいぶ時間があるし、既に出社している者も喫煙スペースに行っているのか幸い周囲に人はいなかった。
「お前、会社で何つー事言い出すんだ」
「やっとこっち見てくれた。先輩今日も可愛いッスね」
木瀬は詫びれた様子もなくニコニコしている。
「……あれは、ナニして頭がぶっ飛んでた時の戯言だ。本気にするな」
「俺は結構本気だったんスけど」
「俺はホモじゃない。他を当たってくれ」
俺は再度シッシと纏わりつく犬を追い払うように手を振った。
「ホント連れないッスね。ベロベロの先輩食っちゃったのは一応俺も反省してるし、お詫びにこんなものも用意したのに……」
木瀬が自分のスマホをスッと出してくる。
一瞬、俺の痴態画像でも見せて脅してくるのかと身構えたが、画面には俺たちと同年代の女の子が数人、笑顔で手を振っている姿が映っていた。
「これは……?」
「彼女に振られて傷心の先輩の為に今週の金曜で合コンをセッティングしました。ショートカットのキツイ感じの子は俺のダチで彼氏持ち。でも、他の子はみんなフリーらしいッスよ」
マジか。
改めて画像を見る。
写真の子はどの子も結構可愛い。
セミロングの髪を緩く内巻きにしている女の子がなかなか俺好みだ。
「どうします? 先輩の写真を送ったら向こうもノリ気になってくれてるみたいッスけど」
「いくいく! 木瀬、お前っていい奴だな!」
ガシっと木瀬の手を両手で掴み満面の笑みで答えると、「ははは……先輩のそういうチョロいとこ、嫌いじゃ無いッスよ」とよく分からない褒め言葉をもらってしまった。
◇◇◇◇◇
そしてその金曜日。
俺は再び木瀬のマンションで酒を飲みつつ管を巻いていた。
「まーまー、先輩。そういう日もありますって」
木瀬が持ってきたコップを受け取り、中の水を一気に呷る。
「ねーよ、今まで一度もな」
顎に伝う水を袖で拭い、俺は重苦しいため息を一つ吐いた。
合コンは一応成功だ。
俺は狙ってた内巻きセミロングの子をお持ち帰りし、二人でラブホテルに行った。
行ったんだ。行ったのだが……。
「まさか、勃たないなんて……」
ラブホテルに行き。
セミロングの子にキスをして胸を触り、いざ事を運ぼうとしたら勃たないのだ。
自分で擦ってみても、女の子に触ってもらっても駄目だった。
彼女は「お酒飲み過ぎたのかな?」と引き攣った笑いを浮かべていた。もう連絡を取る事はないだろう。
先週木瀬と過ごした時だってかなり飲んでいたが、しっかり勃ってた。
何故あのタイミングで勃たないのか、皆目見当がつかない。
茫然自失の体で俺がホテルから出てきたところを偶然木瀬が通りかかり、木瀬のマンションでこうして慰めの飲み会を開く事となった。
「はぁ……俺、インポになったのかな」
俺はがっくり項垂れた。
この年でバイアグラを買う羽目になるのだろうか?
俺はぼんやりそんな事を考える。
「……先輩」
木瀬の声に俺は顔を上げる。
「……んっ」
俺の口が木瀬の唇で塞がれた。
侵入してこようとする木瀬の舌をそろりと口を開けて受け入れる。
……あ、これいいな。
木瀬のキスはやっぱり上手い。
もともと酒でよく回っていなかった頭に、ふわふわ霞がかかる。
「ん、んんっ」
シャツ越しに胸に触れる木瀬の指がもどかしい。
じりじりとした快感に下半身が熱くなる。
「……はは。ねぇ先輩、ちゃんと勃ってますよ」
「ひぁああっ」
手のひらで股間をぐいと押され、甘い声が口から飛び出た。
……え、あれ?
本当に勃ってるぞ。
ホテルではウンともスンとも言わなかった息子が元気になっている。
一体これはどういう事だ?
「もしかして先輩、俺じゃなきゃ駄目な身体になっちゃいました?」
マジか。
どーしてくれるんだよ、これ。
「ちゃんと責任取ってあげますね」
「わわっ!?」
カチカチと音がしてソファーの背凭れが倒れる。
バランスを崩した俺はあっさり木瀬に組み敷かれた。
「押しが弱くて流されやすくて。先輩って愛するより愛される方がよく似合うと思いますよ」
木瀬が舌なめずりをしながら俺を見下ろしてくる。
欲情した目で射抜かれ背筋がゾクリと震えた。
木瀬が俺に欲情している事が嬉しくて、俺の身体も熱くなる。
「木瀬……」
「秋人って呼んでくださいよ」
「じゃあ、俺の事も裕也って呼べよ、秋人」
「……いいんスか?」
「責任取ってくれるんだろ?」
いいんだよ。
傷心の俺を慰めてくれたのは木瀬で。
身体も心もいっぱい満たしてくれて、優しい言葉を掛けてくれて。
好きだって言ってくれるのも木瀬だ。
だから流されてとか無理やりとかじゃなく、俺は恋人として木瀬に抱かれたい。
「俺は秋人がいいんだ。だから秋人、俺の事いっぱい愛してくれよ、な?」
男だって事はもうこの際置いておこう、うん。
我ながらチョロいとは思うけど、俺は木瀬がいいんだ。
木瀬の首に腕を回し口を寄せると、木瀬が俺の唇にむしゃぶりついてきた。
……いつもより余裕がないな。
それだけ俺を強く求めてくれているのだと思うと、とても嬉しい。
俺も拙いながら懸命に木瀬の舌を受け入れる。
彼女に振られるどころか、女の子相手に勃たなくなってしまったけど。
まあ、これはこれで幸せなのかな。
そんな事を思いつつ、俺は木瀬と身体を合わせるのだった。