明確に約束していた訳じゃないけど、私達は次の日曜日に本当に再会できた。
だいたい居る時間なんかも話してたから、ほとんど同じタイミングですらあった。
私は色々建物の様子を案内したりした。
付き添いがいるから大きなプールにも入れ、きちんと泳ぎを教わるというより遊びながらついでに習う感じだった。
やっぱりこのおじさんには何か感じるものがあると思った。
私はかまわれたい子供だった。
死んだおじいちゃんは静かな人ながらも面倒がらずにかまってくれる人だった。
特に私は大きなお風呂によく入れてもらっていたから、男の人とお風呂に入ったりまたしたかった。
おじいちゃんに体を洗ってもらうのは大好きだったのだ。
この日はいつ降りだしてもおかしくない曇天の日だったから、普段より来客はすくなかった。
広い館内は場所によってはシーンと静まりかえり怖いくらいだった。
だから、男用のシャワー室に入っていいか聞いた。
二人を見たら誰が見ても親子に見えるだろう。
プールを用のシャワー室は専用であった。
利用客が少ないからシャワー室も無人だった。
大量に設置されたロッカールームは死角が多くちょっと怖い。
荷物を置いて中で水着を脱いだ。
私はなんのためらいもなく区切られた同じスペースに入った。
押し引き両方可能な板が目隠し代わりになっているが、大人なら足元だけじゃなく頭まで見える。
完全密閉型ではないけど、誰もいないので問題なさそうだ。
おじさんは四角い子供が履くような水着を履いていた。
私は従姉妹から貰ったお下がりのスイミングスクールの水着だった。
私は小さい頃は男湯に入る方が多かったし、人前で裸になるのが抵抗なかった。
これはそういう環境で育ったからだろう。
おじさんは率先して水着を脱ぐ私にたぶん本心は驚いていたと思う。
けっこう見いっちゃったりしてた。
そうなると自分だけ脱がないのも変だと気づいたように、おじさんも裸になった。
私は身内以外の男性器を見る機会も多かったから、子供にしては免疫があった。
自分にないものだからやっぱり自然と見てしまうのは女のさがだろう。
おじいちゃんのしわしわなよれよれな細い性器とは明らかに違った。
黒々と湿った毛が貼りついた性器は子供ながらにたくましさみたいなものを感じた。
おじさんは奥さんからボディーソープやシャンプーの試供品をたくさん持たされるらしく、ビニールポーチに入っている色とりどりのパッケージの好きなのを選ばせてくれた。
一つ一つ小袋に入ってるタイプのやつだ。
買い物をしに行く度に貰っているといつの間にか溜まって仕方ないらしい。
おじさんは消費に協力させられているそうだ。
スポンジがなかったから、それは手で代用した。
おじさんはしゃがんで私の体を洗ってくれた。
私が背中を向けた時に、私がそうしてほしがっていると察したらしい。
私は体を洗ってもらうのが大好きだった。
※元投稿はこちら >>