寝物語に妻の話を聞くのが楽しみなんだけど、
「だけどさ、休みの日に先生の家まで体操服でいくって、大丈夫だったの?」と聞くと
「持っていって着替えたよー、誰かに会ったら言い訳に困るじゃん」と、
(やっぱりなぁ、そうだよなぁ……)
「でもね、先生はその格好で歩かせたかったみたいよ」私が胸を触るとその手を退かして笑いながら答えます。
「どういうこと?」と聞くと、どうも千◯子が同級生とかに出会って恥ずかしい思いをさせたかったようです。
私も大概おかしいけど、その先生も相当ヤバい奴だったみたいですよね。
私が体操服に興奮するのには訳があって……
母親が私の精液を抜いてくれなくなると、当然欲求不満になった私は自分で処理をしながら小さな女の子に触らせたりしては射精の快感を得ていたんです。
その子は何故か体操服を着て学校から帰っていました。
今は親が気を付けるようになりあまり見かけなくなりましたが、その頃はまだオマタを弄りながら歩いてる女の子がたまにいたんです。
その子がそうでした。 子供心にドキドキして後ろから追い越し様にその子の弄ってる所を振り返ってじっと見つめました。
不審そうに私を見て手を股から離しました。
「なんでそこ、いつもさわってるの?」と私が聞くと返事もしないで早足で立ち去ろうとするので歩調を合わせて話しかけました。
子供どうしだからいいけど大人だったらそれだけで逮捕されるような状況です。
そしてとんでもない事をその子に言ってしまったんです。
「オチンチン見せてあげようか、」と。
それまで下を向いていたその子が私を見ると「ぇ、?」小さく反応しました。
「みたい?」と聞きます。
「うん……」
みるみるその子の顔が赤くなるのがわかりました。
「じゃあ、うちに来なよ、すぐそこだから」
家に連れ込むと勃起した包茎の物を触らせました。
その日は触らせたり、その子の割れ目を弄ったりして射精等はしないで帰しましたが、そのあとも何度も家に連れ込んではイタズラをするなかでその子の手で射精をするのを見せたり、その子の割れ目やクリを撫でたりしました。
母親以外に、初めて舐めさせたのもその子でした。
母親のようなテクニックはなく快感も大して感じなかったけれど、興奮だけは凄くした覚えがあります。
その時もその子は体操服を着ていたんです。
当時は私の学校では男の子は黒で女の子は赤い短パンでした。
そんな記憶が妻の体操服に猛烈に興奮した理由です。
その後、複数の子供と(私も子供でしたが)性的なイタズラをするようになるとその子には殆ど声をかけなくなり、自然に会わなくなったと記憶しています。
そうこうしているうちに次第に私の行為はエスカレートして、あの沙絵からの連続4回、全力張り倒し事件があるわけです。
全ては「源風景」なのだと思います。
記憶にあることも、忘れてしまっていることも、です。
ジブリのアニメで「千と……の神隠し」の中で登場人物の魔法使いの婆さんの双子の妹婆さんが言う言葉にこんな台詞がありました。
「一度あったことは忘れないものさ、ただ、思い出せないだけでねぇ……」と、
ましてや忘れられない出来事とシチュエーションは私の性癖の根源で当たり前なんです。
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