女親を親と見做さなくなる、というのは母子相姦では避けられない途のようですね。母親を妻としたと書いておられる手記とかが多いのは、やはり本人たちの頭の棲み分けでは母親というよりも妻や愛人と見てしまう視線がかってくるように感じます。
たぶん、そこで女親である沽券を示そうと思えば楽器の演奏で圧倒するとかチェスやオセロで完封感を与えるような何か外因的なものが必要な気がします。
耽美的な嗜癖は、むしろ母子の懇親さを減殺するような気がするのですよ。
自分の乏しい過去経験からの割り出しですけれどね。
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