皆さん、手厳しいですね。
愛のかたちが違っているのは当然なのでしょう。
自分の12歳というと、同級生の仲良しだって生徒のお母さんの自宅に何度かお邪魔していて自分の女親にないものを感じて強く思慕していた時代だと思い起こします。
あの時制の小学生には、精通があったとしても友達のお母さんを押し倒してお願いするとか、発想も妄想もありえませんでしたね。
だからいまだに幻影のように彼の母親の事を懐かしく思い起こす事ができます。
一度ヘップバーンの映画「シャレード」を友達ともどもおごってもらって見にいきました。
その次週予告で、岸田今日子の「砂の女」が惜しげもなく乳房をさらけ出してスクリーン一杯に広がった時のバツの悪さは鮮烈に脳裏にあります。
欲しいものはこれか、と映画館で言われたみたいで磔刑に処せられたようなものですね。
精通そのものよりも、そういうメンタルなものはかなり尾をひく気がします。
母子でなければ、という特段な愛のかたちは結構難題なのかも。
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