沢木のマンションへ着き、自転車を乱暴に駐輪スペースへ押し込むと、そのまま正面玄関へ駆け出した。
エレベーターの階数表示は五階を指しており、降りてくるまで待っている余裕などなかったので、非常口から出て外階段で五階まで駆け上った。
沢木の部屋に着き、呼び鈴を連打した。
程無くして、ドアがガチャリと開き、沢木が出てきた。
私を見ると一瞬驚いた顔をしたが、
「よう、どうしたんだ。こんな時間に」
風呂上がりっぽい髪に少し火照った顔をした沢木が、笑顔でそうほざいた。
「うがぁ! 」
私は沢木に突っ掛かった。
一緒に玄関へ入るような形になり、そのまま廊下の半分くらいまで彼を押していった。
「ァ゛ぁぁああ」
叫びながら私は沢木に殴りがかった。顔面をジャストミートしたかと思ったが、突然沢木の姿が目の前から消えた。次の瞬間、私の体は宙に浮きそのまま固い床に背中から落ちた。ものすごい衝撃が体中を走り、息が出来ない時間が数秒間続いた。うっすらと目を開け、沢木を見上げた。
何が起こったのか全く判らなかった。
「あ、悪い。つい体が反応して・・・。おーい、大丈夫か? 」
武道でもやっているのか、どうやら沢木にパンチをかわされ足払いか何かをくらったようだった。
沢木は心配そうに私に近づき手を差し伸べてきた。
私はその手を払いのけ叫んだ。
「う゛ぁああ! 」
逆にかけた足払いもかわされ、叫び声だけが廊下に響いた。
口元に指を一本立てながら沢木が小声で、
「しー、なんなんだよ、お前は。いきなりどうしたんだよ」と、言った。
「お、おま、お前・・・、うちの・・・、俺の、か、母ちゃんと・・・、ヒクッ、ヒック・・・」
痛いやら悔しいやら恥ずかしいやら色んな感情が入り交じって、何だか判らないが泣くことを止められなかった。
「泣いてるの? お前」
沢木が心配そうにこちらを見た。私は涙としゃっくりが止まらず答えられなかったので、ずっと沢木を睨んでいた。
「まあ、とにかく入れよ。近所迷惑だから静かにな」と、私を起こし部屋へ入っていった。
「靴くらい、脱いで来いよな」
ヒクヒク言いながらも、私はゆっくりと起き上がり、靴を脱ぎ、玄関に投げ、沢木に続いた。
改めて沢木のマンションの間取りについて。
玄関を入ると長い廊下があり向かって右側に洗面所付きのバスルーム、隣はトイレ、左側には手前が部屋になっており、その奥はクローゼットになっていた。
一番奥の部屋は、リビングとダイニングキッチンが一体となった、かなり広めの作りになっていた。
何度か遊びに来たことがある部屋だが、いつもより綺麗に整頓されていた。
やはり母が掃除していったのだろうか。
大型のテレビにオーディオ類、独り暮らしにしては大きなテーブル、それに合わせたクッション、色調が統一された家具、それらが綺麗に整頓されており、自分の部屋と比べると、まるで生活感がない、洒落た感じに思えた。
存在感のあるソファーベッドに敷かれている布団の様子からすると、これから寝ようと思っていたのだろう。
このソファーベッドがあっても、部屋はさほど狭く感じなかった。
沢木が冷蔵庫の扉を開けながら、「なに飲む? ビールでいいか」と聞いてきた。
私はムカッとして、「そ、そんな、も、もんいるか! 」と、怒鳴った。嗚咽が多少和らいだので、頼りないが言葉が出てくれた。
沢木は、ほら、と外国銘柄の缶ビールを投げて寄越した。狙ったのか、私の側にあるクッションに、ポスッとおさまった。
私はそれを一瞥し、
「お前、・・・母さんに何をした! 何もしていないなんていわせない!! 」と叫んだ。
沢木はブルトップを、プシュッと開け、缶ビールをグビリと飲んでから
「は? 何言ってんだよ」
と落ち着いた口調で言った。
この場に及んで下手な言い訳の一つでも言うのか、と思っていたら、沢木は極々自然に、こう答えた。
「やったけど? 」
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