駅からの帰り道がいつもと違う風景にみえた。
母を性的な対象に見始めている自分に気付き、それを気負いに感じていたところへ、滑川さんのプロファイリングや、大山さんから聞いた新事実などが、頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
もしや、と思っていた最悪のシナリオが、徐々に終幕に向かっているような気がしてきた。
抗いてもムダだ、と誰かに笑われているようだった。
どうしようもない、不安と怒り。
胸の奥がモヤモヤした。
こめかみがキンキンしてきた。
いくら考えても、もう答えは出ているのかもしれなかったが、それでもまだ、母と沢木との間に何かがあったというのを否定したかった。
家に着いたのは、日付が変わる頃だった。
みんな寝静まっているだろうと、そっと玄関を開け中に入ると、居間の電気が付いており、みると父が酒を飲んだまま疲れてしまったのだろう、テーブルに突っ伏して寝ていた。
この状態だと、母は最近の通り、父に惣菜だけ渡して寝てしまったのだろう。
父は当然、こんなことを快く思っている訳がなく、かといって怒鳴ったりすることをしないのだが、酒の量が増していることが、それをよく表していた。
ビール一本、酒一合を適正酒量としていた父は、最近明らかに飲みすぎていた。
テーブルの上は、飲み残しの酒やら惣菜の入れ物らしき空容器が散乱していた。
また、惣菜・・・。
部屋を見渡すと、色々なものが散らかし放題で、何だか埃っぽいような気がした。最近掃除をしていないのは明らかだった。どんなに忙しい時だって掃除を欠かさなかった母が・・・。
そう思っていたら、また滑川さんの言葉を思い出した。
お母さん業・・・。
私の中で、母は母でありそれ以上でもそれ以下でもなかった。
自分の親のことを冷静に一人間として見ることができる子が、果たしてどれくらいいるのだろうか。
父と母が性行為をした結果、生を受けたことは誰しもが理屈として判っているが、それすらリアルに想像など、普通しないだろう。
押し入れから薄手のタオルケットを出し、父にかけようとした時に、ふと父の右手の指を見た。
この指で母のあそこをまさぐったことがあるのかと思うと、急に特別なものに思えてきた。
それを、今や沢木が・・・。
ぶるる、と首を振り愚かな想像を打ち消した。
頭を冷やすべく、風呂場へ向かった。
狭いスペースの脱衣所には洗濯機が置いてあり、いつものように脱いだ服を入れようとしたら、母のものが入っていた。
白いブラウスにジーパン。脇にある洗濯かごには薄いビンクのカーディガンが、どちらも無造作に、グチャっという感じに詰め込まれていた。
普段なら気にも止めないことなのだろうが、そのブラウスが何かを覆い隠しているようにみえた。
思うが、体はもう動いており、中から白い下着を取り出していた。
これまで、手伝いで洗濯物をたたむことはあったが、変な感情を抱いたことはただの一度もなかった。
しかしこの時は明らかに変な感情を抱いていた。
ブラジャーもパンティも全体的に湿っており、女性特有の匂いがむっと鼻孔をくすぐった。
が、手に持った瞬間、それは判った。
母の白い少しだけ飾り気のあるパンティが、汗ではない別のもので濡れていた。
臭いにも覚えのあるそれは・・・、大量の精液だった。
・・・あああああああ。
頭の中で、何かが弾ける音がしたような気がした。
汚ならしいそれを洗濯機に投げ入れ、洗面台で手を洗った。念入りに怒りをぶちまけるかの如く洗った。
訳がわからないが、これ以上ここにいてはいけないような気がして、さっきまで着ていた服をまた着て脱衣所を出た。
気づいたら両親の寝室のドアを開け、中に入っていた。
真っ暗な部屋、ベッドには母がうつ伏せで寝ていた。
右手には携帯が握り締められていた。
寝る直前までメールをしていたのだろうか。
沢木と直通の専用携帯。
こんなもの・・・。
この光景が余計に腹立たしさを増長させた。
偶然にもこの時、マナーモードの携帯がバイブレーションの音を鳴らし光った。
あのくそ野郎からのメール・・・。
気のせいか、母の寝顔が微笑んだかのように見えた。
くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! くそ!
私は玄関を出て、小さな車庫に停めてあった自転車に乗ると、そのまま沢木のマンションへ全力で漕ぎだした。
深夜、車など殆んど通っていない道路を必至で突っ走った。
頬には先程から温かい水状のものが流れていた。
・・・涙。
私は泣いていた。
そして、本気で沢木をぶん殴ろうと思っていた。
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