駅に降り改札を出て、ふと右手にある牛丼屋の灯りに目がいった。
母が勤めている某チェーン店。
普段は母の出勤時以外でも行くことはほとんどなかったが、この時は何故か足が動いていた。
店内には、中年のサラリーマンの客が一人だけおり、カウンターには暇そうにしていた母の同僚でさくら会の大山さんがこちらをみて、
「いらっしゃ・・・、あらー、池田さんとこのお兄ちゃん!? 」
と、珍客の来店を喜んでくれた。
「この度は母がご迷惑をお掛けしまして」
「あら、そんないいんですよ、それよりお母さん大変だったわね」
と、大人の会話をしていると、サラリーマンがお金を置いて出ていった。
あ、いつもどうもね、と大山さんがお礼を述べ、空いた食器を片しながら、常連さんなのよ、と聞いてもいないのに教えてくれた。
「そういえば、この間の旅行は楽しかったですか」
並を食べながら、思い出したので聞いてみた。
「お陰さまで、楽しかったわ。あ、そうそう、あのお饅頭食べた? あれ有名なお店でね、並んで買ったのよ。美味しかったでしょ」
はい、とっても。
母もそうだが、大山さんもかなりの話し好きだ。
旅先で、あれがどうしたこうしたと、楽しそうに話してくれた。
私の頭の中には、まだ行ったことのない情景が、母と大山さんを交えて浮かんでいた。
「・・・あら、ごめんなさいね。長々と喋っちゃって」
「いえ。じゃあ、僕はこれで・・・」
お金を置いて帰ろうとしたときに、大山さんから思ってもいなかったことを言われた。
「今度は、一緒に行きましょうって、お母さんに伝えてくださいな」
「!? 」
一瞬、言われた意味が判らなかった。
「・・・行かなかったんですか? うちの母は・・・」
「何いってるのよ。行ける訳ないじゃないのよ。ずっと看病とかで通っていたんでしょ? 」
呆れたような顔で、大山さんは私を見た。
え? え? え?
頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
旅行へ行かなかった?
でも、あの日、荷物を抱えて、朝早く出ていった・・・。
行かなかった・・・。
それなら、いったい、どこへ・・・。
まさか、まさか・・・。
じゃあ、あのお土産は!?
「・・・母と最後に会ったのはいつですか」
私は聞いてはいけないようなことを聞いた。
いや、聞いてはいけないのか、聞かなければいいのか判らなかったが、とにかく聞いてしまった。
そんなこととは知らず、大山さんは少し考えてから言った。
「そうね、それこそ、そのお饅頭を渡した日よ。そこのバスロータリーで。何か池田さん急いでいたのか、受け取ったらすぐに行かれてしまったから・・・。旅行の話しもまだしていなかったわね」
母は旅行へ行っていない・・・。
私たちに嘘をついて・・・。
お土産まで用意して・・・。
完全にクロね。
滑川さんの言葉が脳裏をよぎった。
クロ、クロ、クロ、クロ、クロ、クロ、クロ、クロ。
「やだ、お兄ちゃん、まだ酔っているんじゃないの? 」
大山さんに笑われながら店を出た。
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